<これからの医療・私の実践>
「患者本位」の仕掛けづくり ―― 病院で事務屋にできること
(掲載:「労働者住民医療」2006年9月号)
養老孟司の何かの本で読んだのだが、人間には視覚優位の人と聴覚優位の人とがいるそうである。その点でいうと、私は典型的な視覚優位人間である。「見る」という行為や物のかたち、構造にどうにも執着があるようだ。私が大学に入学したのは1979年。それまで将来就きたい職業のイメージも、世の中に対する政治的な認識もきわめて乏しい、三重県の田舎の平凡な高校生だった私だが、大学を京都に選んだ最大の理由は、ただ親元を離れたいという気持ちからであった。そこが何か新しい世界であるかのような希望を膨らませていた。この頃、タイトルだけに惹かれて小田実の「何でも見てやろう」という本を読んだ記憶がある。内容は全く覚えていない。大学に入学して間もなく、原水禁関係のサークルに入った。サークルの学習会に初めて行こうと思ったきっかけは、宣伝ビラにあった「日本が唯一の被爆国というのは幻想だ」の文言だった。世間では常識のように思われているが、真相は実はこうなんだ、というのが私は大好きだ。このビラに私の「見てやろう根性」が大いに刺激され、誘い込まれるように学習会に参加した。これがすべての始まりだった。
サークルは当時、被爆朝鮮人問題をメインに活動していた。前掲のビラの文言には、当時唯一被爆国という被害者意識にもっぱら依拠して行われていた原水禁運動に、被爆朝鮮人問題を突きつけることで日本の加害者性の視点を持ち込もうという意図があった。サークルではその後反原発にも関わろうということで、私が岩佐訴訟担当になった。ここで関西労働者安全センターとの縁ができる。また、釜ヶ崎の寄せ場労働運動の人たちとも縁ができ、越冬闘争時の支援活動は、私の当時の活動の中でも重要な部分を占めるようになった。視覚優位人間の関心は「構造」に向かう。差別、抑圧、人権、そして自由や平等のあり方というのは、私にとって当時も今も大きな関心事であり続けている。
医療業界との最初の関わりは1982年。千里丘協立診療所(摂津市)で夜診受付と当直の学生バイトとして2年間働いた。下野所長の働きぶりを近くで見させていただき、この業界で働くのも面白いかも、と思うようになった。大学で活動をやっていて4〜5回生にもなると、それなりにスレてくる。医療には労働者医療とか地域医療とかの輝きもあれば、医害・薬害など闇の部分もある。基本的には業界内で善意の医療活動をやっている人たちと歩みを共にしたいという想いを抱いていたが、それと同時に、光も闇もある業界に身を置き、その光と闇とを見届けたいという気持ちが強かった。ここでも「見てやろう根性」である。病院事務員というのはまことに好都合なポジションであった。
こうした動機で1984年、新規開院した紀和病院(和歌山県)の医事スタッフとなった。以降、千里丘協立診療所、白浜はまゆう病院(和歌山県)での勤務を経て、1995年来高。四国勤労病院(現勤労クリニック)の関連病院だった長尾病院(現梅ノ辻クリニック)勤務の後、2001年開院したいずみの病院に職を得、現在に至っている。
さて、ここまで述べた通り、私の立場はどちらかといえば、悪くいえば医療の「傍観者」であり、「私の医療実践」もなにもないのだが、それには理由がある。つまり、要するに、これまでの私の経歴の多くは「一介の事務員」であり、運動がどうだとかいうよりは、通常の(医事等の)実務をこなすことがまずは求められたからである。
だが、年数を経るにしたがって、事情が変わってきた。
現在、私も病院内では一応幹部会の一員であり、病院の意思決定に関与している。医療を直接行うことはもちろんないが、さまざまに仕掛けをつくることはできる。委員会活動や医療の質改善活動などでも、事務員が活動できる余地はかなりある。笑われるかもしれないが、今の私は「自分の病院を良くし、日本の医療を良くしたい」と、かなり本気で思っている。20代の頃には、そのように思うこと自体、面映ゆかった。
「患者本位」を実現するために、病院事務員として何ができるか。いずみの病院で私が関わり、同僚の仲間たちとともに実践してきた主な事柄を列挙してみる。*患者とのパートナーシップ
・「患者さまへのお約束」作成……2003年10月
・「私のカルテ」販売……2003年1月〜
・待合室の一角にビデオ・図書サロン開設……2003年4月
・COML版「医者にかかる10箇条」パネル展示……2005年3月〜
*医療の質向上に関する活動
・病院機能評価受審……2005年3月認定
・病院機能自己評価……2005年以降、毎年実施
・各種委員会活動……医療安全、院内感染対策、クリニカルパス等
*診療情報管理
・診療情報管理室立ち上げ……2003年12月
・個人情報保護法対応……2005年4月〜
・診療録開示
・院内広報紙での診療情報管理に関する連載……職員への意識喚起目的
・クリニカルパスの院内登録(更新含む)に係る事務局業務
*院外広報
・病院ホームページ立ち上げ……2001年7月〜
・年報作成……2001年度〜
*院内広報
・院内広報紙発行
・院内ホームページ作成
・院内LAN上での情報発信(掲示板・電子会議室等)
・声明文・中長期計画等の起草に係る作業
このように、医療の質向上に関する活動と、さまざまな情報提供、診療情報管理に関する活動に力を入れているつもりである。貫いている価値観は「患者の権利擁護」である。
自己情報コントロール権を基礎におく個人情報保護法は、医療界の現状では関係者に恩恵よりもむしろ混乱を多くもたらしている感があるが、それも医療者-患者双方の「両側から超える」活動によって成熟に向かうものと信じている。私の夢……。そうだなあ、例えば10年後。誰かがこんな会話を交わしているのを目撃することだろうか。
「10年前は医療不信がものすごく、マスコミでも事故だの捏造だのと騒がれていたけど、今はすっかり医療者も患者も成熟したね。考えてみれば、転機になったのは個人情報保護法だったね。」
やはり私は視覚優位人間である。