ソフトボールの歴史

現代のソフトボールの起源は、12〜13世紀にイギリスで発生した『クリケット』であると考えられています。
1478年にクリッケィが北東フランスで、1523年にはイギリスでストボールなどの球技がプレイされ始めました。
これらは今日のソフトボールや野球に類似しています。

1744年にイギリスで出版されたリトル・プリティ・ポケット・ブック(Little Pretty Pocket Book)の中に
クリケットの簡素化版であり、ラウンダースと同種のものである「ベース・ボール」(Base・Ball)というゲームが描かれており、
このベース・ボールが今日のソフトボールとベースボールの起源と考えられています。

 18〜19世紀になるとイギリスで行われていたクリケットやラウンダース,ベース・ボール等が
移民によってアメリカに移入されたのですが、
当時の米国移民は、欧州列強に対する強い対抗心と、強力なる国家建設を目標としていたため、
イギリスからの球技をそのまま受け入れる精神土壌を持ち合わせていなかったのです。
従って、ルールを少し改め、違った名称でこれらの球技が各地で行われるようになっていきました。

 1865年に南北戦争が終結すると、ベースボールは活況を取り戻しました。
しかし、その性格は次第に職業化していき、本来は遊びとしていたベース・ボールも技術向上とともに、
選手になろうとする層と、楽しもうとする層に分かれって行きました。
すなわち、前者が今日のベースボールであり、後者がソフトボールであると考えられています。

 そして、人々に余暇が出来始めたその頃、余暇の利用法として、晴雨にかかわらず一年中活動できる運動として、
インドアベースボールが、1887年にバスケットボールが、1895年にバレーボールが誕生したのです。

 1923年にジョセフ・リー(Joseph Lee)は前出の現行ソフトボールに似た球技を統一し、
新たな名称を創案するべき委員会を組織しました。
 1926年になると、はじめて「ソフトボール」(Softball)という名称が
YMCA主事のウォルター・ホカンソン(Walter Hokanson)によって用いられ、
同年、グラディス・パーマー(Gladys Palmer)は女子のためのルールブックを完成させたのでした。
 1930年、レオ・H・フィッシャー(Leo H.Fisher)とM.J.パウレイ(Paulay)の両新聞記者の努力によって、
シカゴ市内ではじめてこの球技の大会が開催されました。だが、この大会の名称はプレイグラウンドボールと呼ばれたのです。
 そして、この2年後の1932年、センチュリィー・オブ・プログレス(Century of Progress)新聞社の後援によって大会が開催され、
この大会以降、さまざまな名称で呼ばれていたこれらの球技はソフトボールと改称され、
名称統一の第一歩が踏み出されたのでした。

 その後、1933年に、アメリカ・アマチュア・ソフトボール協会(Amateur Softball of America)が組織されると、
州及び全国の試合に指導的な役割を果たしていきます。
 そして翌年の1934年には、標準ルールが全米レクレーション協会、YMCA、全米大学競技協会(NCAA)、
アメリカ体育協会からなるソフトボール・ルール合同委員会(Joint Rules Committee on Softball)によって作製されました。
 その2年後の1936年には1,000万人以上の人々がソフトボールをプレイしたと報告され、
この年に、アメリカ・アマチュア・ソフトボール協会は世界最大のアマチュアスポーツ団体となりました。

 現在、ソフトボールは、アメリカにおいて1億2千5百万人もの競技人口とファンを持つスポーツへと発展したのでした。