潮位観測の根拠
日本地震学会発表論文
2015年度: 安政の古文書から次の南海地震の規模を探る
An essay at rough estimate of the scale of the coming Nankai earthquake based on archives in Ansei era
#Fujio Nakamura (Misato Marine Hospital)
1.はじめに
昭和南海地震発生前に起きた異常潮位
- 高知・徳島県沿岸地域の漁業従事者を主たる対象に聞き取り調査を実施
- 室戸市傍士海岸では地震の4日前から潮の狂いがあった
- 地震前日の12月20日午後5時頃より地震発生までの11時間のあいだに、 聞き取り調査対象地域の沿岸の19港で高低差3メートル前後の退潮が発生
- 安政南海地震の際にも同様の異常潮位が発生したことが古文書および地震碑から明らかにされている。 92年の歳月を隔てた二つの地震について全く同様の証言がされていることは 予知の観点から見て非常に重要
潮名.中潮 | 満潮 | 潮高 | 干潮 | 潮高 |
---|---|---|---|---|
12月20日 | 15時58分 | 156cm | 22時37分 | 26cm |
12月21日 | 05時12分 | 147cm | 10時30分 | 75cm |
昭和21年12月20日~21日の潮位(高知港) 出展:高知地方気象台
昭和南海地震直前の退潮位(宇佐港周辺) 中村不二夫調べ
昭和南海地震直前の異常潮位 中村不二夫調べ
2.安政期の古文書および安政南海地震の震災碑
- 安政期の古文書および震災碑から昭和南海地震と同様の 異常潮位が発生していたことが読み取れる
- 高知県土佐市宇佐町 真覚寺所蔵の「真覚寺日記」所収「地震日記」
- 高知県沿岸各地に建てられた震災碑
「真覚寺日記」所収「地震日記」より抜粋
(前略) 霜月四日 朝五ツ時地震 海潮進退定まらず [此の浪を昔より俗に鈴波と申し習わせる由 汐にくるい有りて鈴波来たるは 津波のさきがけなるゆえ 油断すまじき由言い伝う] 浦人共海面を伺い合点ゆかずと申す内 その夜も異條なし 翌五日
(中略) 晩方迄何事もなきゆえ人々不覚悟而巳 (さとりおぼえざるのみ)に 罷りおる処 七ツ半時俄に一天薄闇く相成り近代未曾有の大地震 (後略)
高知県沿岸各地に残された震災碑より抜粋
- 三里仁井田神社「玉垣碑」
- 嘉永7寅10月末より潮くるい同11月4日、朝すず波入る、 同5日7ツとき過大地震まもなく大潮入向潮くるい候時はゆだんすべからず。
- 大方町伊田真磯「伊田海岸震災碑」
- すずなみ きたるときは船十丁ばかり沖へかけとめ申事甚よし、安政元甲寅11月4日、 すずなみ来 同5日7ツ頃大地震、大汐入り浦一同流失140年150年用心すべし。
- 大方町入野「加茂神社震災碑」
- 嘉永7寅ノ年11月4日昼微々の振動あり潮海みぎわに流れ溢る。 土俗これをなづけて鈴波と言う (中略) 後人に伝えためならん「鈴波」果たして津波の兆しなりこれ以来百有余年後この事を知るべし。
- 土佐清水市 下ノ加江「五味天満宮地震碑」
- 頃は嘉永7年10月末より潮くるい11月4日すずなみ来り、5日大地震間もなく大潮来る、 潮くるい時は用心すべし。
- 土佐清水市 中浜峠「地家墓碑」
- 前日ヨリ潮色にごり津波入る。 井戸水にごる或は枯れる所も有り心得すべし。
- 三災録による記述
- [安政地震の4日前](高知市)国分川尻葛島付近で夜半から早朝まで潮大きく引く船動かず
- 「地震日記」の記述の「昔より」は宝永南海地震を意味している
- 潮の狂いは安政東海地震の約6日前に発生。 したがって安政東海地震の余波ではない
- 「浦人共」が海の異変に気づき話し合った時刻は、 現在に至るまで続く漁師の生活習慣から推測可能
- 「浦人共」が「海面を伺」った時刻は地震前日(陰暦11月4日、太陽暦12月23日)の 夕食前後の午後4時頃。 安政南海地震発生はその24時間後になる
- 地殻変動の規模が大きくなるほどそれに伴う前兆現象も早い時点から発生し、 異常潮位発生時から地震発生時までの間隔が長くなる。 逆に地殻変動の規模が小さければ潮の狂い・異常退潮から地震発生までの間隔は 短いと考えられる。
- 異常潮位発生から11時間経過後も地震が発生しない場合は 昭和南海地震よりも規模が大きいものと予測できる。
上記碑文の「潮の狂い」は安政南海地震のおよそ6~7日前になり、 安政東海地震の津波の余波ではないことは明らか
3.考察
安政から92年後の昭和南海地震が起きる数時間前、 宇佐港に帰港した漁船はいつもの停泊地で座礁した。 異常干潮を体験した宇佐町の漁師たちは合点がいかんと言いながら家に帰り眠った。 その4時間後に昭和南海地震が起きた。
4.まとめ
(1)昭和南海地震と安政南海地震の比較:潮の異常から地震発生までの時間
潮の狂い | 退潮から地震発生までの時間 | マグニチュード | |||
---|---|---|---|---|---|
昭和南海地震 | 4日前 | 約3日間のズレ |
11時間 | 13時間のズレ |
8.0 |
安政南海地震 | 6~7日前 | 24時間 | 8.4 |
(2)異常潮位から地震発生までの時間と地震規模の関係
異常潮位から地震発生までの時間と地震規模の関係 中村不二夫調べ