その3「踊り続ける人形達」

騒然とした捜査会議室にあの人の姿が見えない事に気がついた。
誘拐犯が接近してこなかった。自分の判断を通したくても通せなくって、どうしょうもない憤りを感じただろう。悔しいかっただろう。
それでも致命的なミスを彼がおこしたという事になってしまう。
まさか、逃げたのか?いや、そんなハズはない。こんな事で潰れる男なら最初から・・・そう、最初から相手になんかしてない。

誘拐犯はまだ捕まっていない。事件はまだ終わったわけじゃない。
まだ、終わってないんですよ・・・室井さん。
新城は誰も座っていない捜査会議の本部長の椅子をにらんだ。

弱味をみせては生き残れない。
心に思うことや感じることを素直に表現する事がももともと下手ではあった。それでも嫌な事は嫌だとハッキリと言える性格ではあった。
それがどういうことだろう。社会という警察機構、完璧なまでの縦社会の中で自分はかわらざるえなかった。そうすることが自分を守ることなのだと、歯を食いしばってたえる事に慣れることが、上へ登る道だと信じた。
困った事にひどく自分は負けず嫌いで、誰かに負ける事を良しとしてない。自分のあるべき姿を夢想して実現しようと努力をした。
自分が自分らしくある為にはそれなりの権力を身につけないと、まともに言葉ひとつ言えない事を痛感した。権力を持つ人間だけが発言権をもてるのだと信じて疑えなかった。そうしないといままで自分が舐めてきた苦渋を正当化できなかった。
そんな自分の前に、室井という男は常にいた。
この男は自分の前に居るのに、自分よりも己の信念を曲げない男だと分かった時には衝撃を感じた。
何故、そんな風にこの機構の中で生き抜いてこれたのか不思議で疑問だった。同時にひどくイライラとした気持ちにさせられた。
何故、こんな男が私の前にいつも居るのか。
一挙一動に口を挟みたくなる。そうじゃない、どうして、そうなってしまうんだ。
夢のような事をばかりに捕われる男、染まらない意志を持つ彼にイライラとする。
どこまでも行ける道が簡単にひらかれているのに、自らでそのま道を閉ざす行為を行う。
なんて、馬鹿な男なんだ。
何よりも気に入らないのは、何事にも後悔をしないで生きようとしている所だった。
綺麗ごとだけで、生きられる訳がないのに、染まらない男が常に前にいる。

缶コーヒーを持って室井が捜査会議室に入ってきた。
どこに行っていたのか、追求しょうとして新城は近付こうとしたが、室井の顔を見て聞かなくてもわかったような気がして立ち止まった。

「あいつの所へ行ってたんですか。」
詰問するように話し掛けると、持っていた缶コーヒーを傍らに置いて室井は新城を見た。
顔をあげてまっすぐに視線をむけた室井に、不覚にも声が一瞬でなくなったのを新城は自覚した。
目が、違う。何故か胸のあたりから沸き上がる感情に、少し戸惑って一瞬目を細め室井の視線から逃げるように視界を遮る。
「・・・あなたは、何をしているんですか。」
「新城?」
「所轄の刑事と馴れ合うのは止めろと、いつも言っているはずです。」
今の室井さんは、追い詰められている。自分の事で手一杯のはずだ。このままではつぶされる。
所轄のやつらは、そんな事考えもしないだろう。
なのにこの人は、こんな時にさえも所轄の連中( 青島にちがいない)と馴れ合って、自分の寿命を縮める。
見ていられない。
あなたは間違っているんだ。そう、思ったら言葉が溢れてきた。
もう、後がない。
そう思うと、とても黙って見過ごすことはできない。
感情的になっている自覚があった。チラリと周囲を見渡して様子をうかがう。私達の事など誰も気にしていない、各自が自分の与えられた仕事をこなしているように見える。
「新城、お前には判らない。」
「何が判らないんですか!」
ゆらゆらとゆらいでいた気持ちは怒りなのだと、この時確信した。私は室井さんに対して怒っている。
何が判っていないというのだ。判っていないのは誰なんだ。
「判ってないのは、あなただ。」
冷酷な氷のような鋭い刃。わざと相手を傷つけるように言い捨てる。
「このままじゃ貴方は駄目になる。潰されるんです。それが判らない貴方じゃないはずだ。」
「し・んじょう・・?」
睨み付けるように、目に力を込めた。
「貴方は・このままほおっておくと、確実に自滅する。」

威嚇するような鋭い視線を送ってくる新城。いつもの事だと、流そうとしたけど出来なかった。口を開けば嫌味と皮肉な事ばかり。少々いじっぱりで負けず嫌いで対抗意識が強い。だけど彼はいつでも真剣だった。
そんな彼の真摯とも言えるまっすぐで揺るぎのない台詞が迫ってきた。
それは、私の中でも思うところがあり、いつもおもりのようにあって、青島たちと行動を起こす時には必ず浮上してくる。危機感にも似た物だった。
それが新城のいわんとする事と見事に共鳴した。まるで犯行を暴露された犯罪者のように、まったく動く事が出来なくなった。

新城の瞳が揺らいだ。驚いた。私の知る限りこんな感情の波を悟らせるような男ではなかったハズだ。
「・・あなたは、私たちの事を、お互いの足をひっぱり蹴散らせあって、上に行くことしか考えてない・・権力の亡者だと思っているのでしょう・・?」
新城は本気で怒っている?怒りと・・悲しみ?
「・・・・ただ、権力に固執するだけなら、誰も貴方など相手にしない。貴方は自滅するんだから。でも、私はそんなのは許さない!」
「・・・。」
新城の言うセリフに返す言葉がなかった。反論、出来ない。
そうだ。人間味の薄いこの世界で、私は誰も感情のある人間などいないのだと思っていた。
喜怒哀楽。喜びや悲しみ。感情の赴くままに行動し、時には労りながら延髄に関係をこなしていく、そんなことはただの絵物語で、私の周囲の人間にはまるで関係がない。
他人を労るだとか、救おうだとか、助けるだとか・・まして思い遣るなんて無縁の・・・。

私は間違っていたのか?今、目の前にいるこの男は何故怒っている?誰に対して・・・。あきらかに自分の為ではない・・私の為に?この男がこんな顔をして、こんなことをいうのか?
しっかりと両足をついて立っていたはずの大地が不安定なものに感じた。私は、ずいぶんとひどい男だったのではないか?人の気持ちも考えない。理解出来なかった。

「貴方の考え方は危険です。このまま、所轄のいいように使われないで下さい。」
「・・いいように・・使われる?」
「所轄のヤツラは別にあなたじゃなくても良いんです。自分たちのいいなりになる人として、貴方を受け入れて、利用しているだけなんです。」
「・・そんな事はない。」
利用しているだけ・・それは私も同じだ。周囲の人間を利用して、ここまで来た・・。
フイに秋にあった事件を思い出す。上層部に報告しなかった青島。いつも所轄に情報がおりてこないと文句をいいながら、彼等は自分たちの持つ情報を伝えなかった。
あの時の衝撃が軽い痛みとして思い返された。
私は、青島達にとってなんなんだろう?

新城は続ける。
「あなたじゃなくても良いんです。所轄は自分らの不満を聞いてくれる人なら誰だってかまわない。そんなヤツらに振り回されて自滅しないでください。」
私じゃなくてもいい?それはそうだろう。何も私でなくても良い。ただ少しでも権力を・・力をもった人物であれば、それにこしたことはないんだ。自分らのやりやすいようにする為に・・当然だろう・・?
それで良いハズだ、理想を現実のものとする為には・・その理想にたまたま私が共鳴しただけだ・・。理想を共有した気になっただけだったが・・それでも良い・・。
信じていた。何を?
・・何がいけない?
私でなくても良い・・判っていたことだ・・いまさら。
知ってる。
胸が・・・痛い。

−あなたには、潰されないで欲しいんです。
−所轄の人形にはならないでください。

私は・・・・人形・・なのか?

「・・・わかった。もう・わかった。」
絞り出した言葉は、まるで他人の物のようだった。
「所轄とは関わらないようにしょう。」


序章
その1「わかれる道」
その2「伝わらない言葉」
その3「踊り続ける人形達」
その4「届かない」
その5 「遠いまぼろし」
その6 「虚像の願い」
その7 「背徳と事件」
その8 「夢を見るなら、良い夢を」
終章