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『守ってばかり・・』 『何も出来ない・・・』 振払っても振払っても、青島にいわれた言葉が追い掛けてくる。言葉はどんどん迫ってきて、大きくなって圧迫されて、それだけになる。 考える。ただ、それだけを考える。何がいけない。何が悪いというのだ。 『あんたに何が判るの?』 おまえに何が判ると言うんだ!全身に力を込めて、新城は固いひとつの塊なって、怒りを押さえ込む。全身を激しくのたうちまわる感情を制御して、じわりじわりと力を抜いていく。そうしないと身体から溢れて壊れてしまいそうだ。荒い息を細い吐息に変えて、浅く呼吸をする。そうやってから波を乗り越えていく。 目を瞑る。何もみる余裕がないただ自分を落ち着かせる事だけに集中する。そうしていくうちに、吹き飛ばされた冷静な自分がかえってきて自己分析を始める。 この猛りはどこからくるのだろう? 室井が出てきた。会議室に向かう。新城は何もいわずに傍らにたって歩き出した。室井は新城が見えていないかのように、ひたすらに前方にだけ顔を向けている。新城はその姿に痛い物を感じる気がして、同時にそんな事を感じる自分も不思議に思った。 『何も出来ないと言われた自分と、この男(室井)の違いは何処だというのだろう。』その答えを新城は知っていたのかもしれない・・・。室井の事を考える時に、ほんのわずか自分の中に沸き上がる影。気がつかないフリをしてきたわだかまりは本当は何だった?それは・・一瞬脳裏を掠ったところで電話が鳴る。まだ言葉として変換していなかったソレは、新城の中で具現化する事はなくふたたび霧散してしまった。軽い舌打ちを無表情に隠して電話に出る。局長からであった。 新城は電話を室井に差し出すと機敏に動きだした。公開捜査の通達が降りたのだ。おそらく室井にはもう後はないであろう。この男の行く末に新城は異常ともいえる関心をもっている。こんな所で終わらせはしない。 新城から電話を託された室井は無表情だった。多くを語る事のない言葉の代わりに、いつも代弁者のように刻み付けられる眉間のシワ。今はそれさえも意志のない仮面をかぶったかのように読み取る事ができなかった。しかし、静かなその瞳が突然力を増した。 『・・・最後まできみに責任をとってもらうよ。』 「・・・・。」 その言葉は室井の押さえ込んでいた激情を呼び起こす。熱い感情の固まりが、今が勝負の時だと炎のように室井につげる。もう後戻りは出来ない、やり直しも出来ない。後悔、することも出来なくなるだろう。痺れる感情の高ぶりをなんとか鎮めようと大きく息を吸い込む。とくとくと流れる血潮を聞きながら、瞑想し胸のうちを探る。 どこを探っても自分は負けるつもりなどまったくないのだと確認する。迷いはもうない。これはエゴなのだと自覚する。そんな自分の甲斐性のなさに自嘲し嘲笑するけれど、でも止められない。負けたくないと思う気持ちを止められない。誰になんと言われても・・これだけは譲れない。譲ってしまっては自分は自分ではなくなると感じる。所詮こんな男だったのた。自分は、仕方がない。 ・・・・青島、悪いな。お前が私の何にそんなこだわってくれたのか判らないが、私は私の思う事を曲げる事は決して出来ない。人に合わせたりは出来ない。それはお前も同じだろう?・・・私達は仕方がなかったんだ。妥協ではなくその言葉を自分の為に使う事で、室井は微笑む余裕を得た。 所轄を交えた合同捜査会議が始まった。本庁から来た人間は前方に、所轄は後方に座っている。青島は遅れて入ってきた。大勢の操作員に室井が事件の概要をまず説明してから報告をこう。けして大声ではないのに不思議によく通る声だと新城はいつも思う。 プロファイリングの報告が終わった時点で、指揮本部から指示がおりる。室井は送られてきた指示に逆らう事はせずに、事務的に読み上げていく。ただ所轄の部分にだけ少しだけ間があった。 新城は書類を整理しながらチラリと室井に視線を送る。同時に青島の姿をも探す。これが現実だ。聞こえもしないのに、胸の内で二人に話しかける。逆らえない・・・だろう?夢や理想なんてチリ程の役にだってたたない。しかし、胸の内にわくのは正しい正解を導きだした勝者の余裕ではなかった。 会議が解散しても室井は立とうとはしない。自分の意思ではない捜査方針で、罪をかぶるためだけに添えられた人形の役目に、憔悴の色を隠せないのは誰にも責められない。責められないのに青島の目線だけが、室井を責め立てていた。残酷な男だと新城は思う。 室井は憔悴していた訳ではなかった。こういう通知をするしかない事は、判り切ってしまう程に判っているのだから今さら心を痛めたりしない。室井は時期を待っていたのだ。目に見えなくても男の視線を感じる。試されている視線だと思う。そう、自分は今試されている。自分が本当にしたい事はなんだ?室井は静かに自分に問う。 序章 その1「わかれる道」 その2「伝わらない言葉」 その3「踊り続ける人形達」 その4「届かない」 その5 「遠いまぼろし」 その6 「虚像の願い」 その7 「背徳と事件」 その8 「夢を見るなら、良い夢を」 終章 |