kowan01
特別法制定して「権限逸脱」言え
1999/02/27 高知新聞「声」欄
2月定例県議会において橋本県知事が提案している「非核港湾」化条例について一言。自民党や政府は、外国艦船入港拒否は自治体の権限逸脱だと言っているが、少なくとも「法的には」正しくないと考えます。
日本は法治国家なので、何をするにも法的な根拠があるはずです。だから、艦船の入港許可に関して、港湾管理者に特段の義務を課す場合はそのための法律が必要です。
「港湾法」は「入港届の受理」を含む港湾の管理者を、原則として地方公共団体と定めています。もし外国艦船の入港を政府だけが一元的に決定できることにしたいなら、港湾法の一部を無効にする、いわば「港湾特別法」のようなものを作らないといけなかったのです。
ところが政府はそうした「努力」を怠って、言わば日本的な以心伝心、つまり力関係だけで「口出しするとは何事ぞ」と主張しているように思えます。非核三原則が日本の国是であるにもかかわらず。
こうした政府などのやり方は、今度の周辺事態法においても自治体の「協力」をめぐって、その問題点が指摘されているようです。
いずれにせよ、「自治体の権限逸脱」を言うならば、まずそれを根拠づける法律を作ってから、というのが私の意見です。
1999年3月 高知新聞「声」欄不採用
この間の「非核港湾」論議に促され、港湾法を読んでみた。第一条(目的)はこうである。
「この法律は、交通の発達及び国土の適正な利用と均衡ある発展に資するため、港湾の秩序ある整備と適正な運営を図るとともに、航路を開発し、及び保全することを目的とする。」
この法律ができたのは一九五〇年、戦後復興の時代であり、かつGHQによる占領時代。港湾法は、右記の目的にそって、港湾の開発についての計画策定や、港湾の維持管理等について、国(=運輸大臣)および地方公共団体の役割を、それぞれに定めている。この中で注目されるのは、港湾の管理者を原則として地方公共団体に求めている点である。
私は法律には素人で、しかも港湾法制定当時どのような議論があったのか承知していないが、ここにはおそらく「戦時総動員態勢への反省」が込められているのではなかろうか? つまりは、「お国」による港湾の一元管理を排すという思想。こうしてみると、こうしたいわばマッカーサーの置き土産ともいえる民主思想と、現在のアメリカの世界戦略の一環としての新ガイドライン体制とが、鋭く対立している状況が窺われる。
それはさておき、「非核港湾」論議。「外交は国の専決事項」などといった声も聞かれる。しかし、ここはひとつ、港湾法の原点をふまえ、地方政府たる自治体の責務について、じっくりと議論をしてほしいものである。
1999/03/19 高知新聞「声」欄
「非核港湾」の条例改正案が廃案確実となった。当初の事務処理要綱案にあった、港湾施設の「使用に関する決定」を、外務省への照会結果に基づいて知事が行うとした「非核高知方式」を「外務省への要請結果の公表」に、大幅に後退させたにもかかわらず、である。このことは何を意味するか。
今回の経過の最も本質的な意味合いは、私は「平時の論理」と「戦時の論理」との対立だと考える。知事側の最終的な提案は、国是である非核三原則が守られているかどうか国に確かめ、それを公表するという、ほとんど反対のしようのない案であった。しかし一方、米国など戦争を行っている国においては「核の抑止力」の論理がいまだに幅を利かせている。そうした「戦時の論理」に照らせば、個別の艦船について、核搭載の有無をいちいち明らかにせねばならぬというのはナンセンスということになる。このことについて、賛否はおくとしても、論理としては了解できる。
だが、このように「戦時の論理」を押し通したらどうなるか。
今回の廃案によって否定されたのは、第一に非核三原則そのものであり、第二に県民が自らの安全に関わる情報について知る権利であり、第三に港湾法が依拠している地方自治の精神である。これを是とするか否か。まさにそれが問われている。
「非核港湾」の条例化が「反米・反安保勢力」に利用されているとの非難は誤りである。逆に、かかる非難は、現在の日米安保体制が右のような「平時の論理」と鋭く対立している状況を、はからずも明かにしたといえる。今後条例案が再提出され、さらなる議論が行われることを期待したい。
E-Mail:BXJ05037@nifty.ne.jp