フリーダ・カーロの病歴高知県立美術館で現在、フリーダ・カーロ展が開催されている。画家フリーダ・カーロ(一九〇七〜五四)は、メキシコ壁画運動の巨匠であった夫ディエゴ・リベラとの二度の結婚や夫の度重なる浮気、死産、自らの病苦など、彼女自身の"愛と苦悩"を強烈な画風で描き、今ふたたび「フリーダ」映画化などを機会として脚光を浴びているアーティストである。
年譜により彼女の病歴を眺めてみると、たしかに凄まじいものがある。まず6才の頃、小児麻痺に苦しみ、18才、路面電車事故で瀕死の重傷。その後も大出血(25才)、外科手術(33才・39才)、脊柱疾患で入院(43才)、右足壊疽により右下腿切断(46才)と続き、47才で死亡。彼女の死産も18才の時の事故の影響という。
さて、ふと思うのだが、かの電車事故のさいの傷病名は、正確には何だったんだろう。その時の治療法は? 後に手術をしているが術式は? 死産との関連にはどのような理由が。また、彼女は非常に富裕な家庭に生まれているが、彼女が受けたような水準の治療は、当時のメキシコの庶民も同様に受けられたのか? 交通事故の場合、自賠責保険のような制度はあったのかどうか……。
このように、医療・保険の視点でフリーダ・カーロの絵画を観てみると、彼女の芸術もまた違った見え方がしてくるかもしれない。あの一本眉毛に口髭を生やし、強烈にその存在感を主張している自画像の奥に、こうした病歴が刻まれているのである。