IZ-News 08年11月号より
あいつは何故あんななのだ

病院で仕事をしていて、人間観察の機会に恵まれる。例えば、むやみに他人を見下す人がいる。そんな態度は傍で見ていても見苦しい。でも、彼がそんななのは、もしかしたら彼が知的水準の高い両親の下で育ったせいかもしれない。頭の良い両親を持つ子供は往々にして、親に自分が頭が悪いと思われることを恐怖して育つ。頭が悪いと、親が自分を愛してくれなくなるのではという強迫観念を抱くのである。その恐怖心とバランスを取るため、他人をむやみに馬鹿呼ばわりするようになることが、もしかするとあるのではないか。このような人物は、他人に厳しい割には、自己の愚かさに対してしばしば無自覚である。それは彼の意識の底にあるかかる恐怖心の故、自省的になることができないためと考えることができる。つまり、アホな自分を直視できないのだ。

幼少時から刷り込まれた強迫観念というものは案外と強固なものだ。私自身の例で言えば、私は親から「お前は金のかからない良い子だ」と、褒められて育った。この「刷り込み」のせいで、今でも金銭を節約することに妙に執着してしまうことがある。出張の時など、東京やもっと遠方であっても、夜行の高速バスを好んで利用する。1泊1,700円というような格安ホテルに泊まったりもする。病院にとっては取るに足らない節約であり、誰に評価されるものでもないが、このような節約をすると自分の中では変に達成感があったりする。「三つ子の魂百まで」と言うが、ほとんど業(ごう)のようなものである。

はじめの例のように、職場の中でも「あいつは何故あんななのだ」と腹の立つことが、よくあるものだ。当院でも、電子カルテ導入にともなって仕事の流れがこれまでと大きく変わり、業務負担も増す今のような時期、ともすれば他人のちょっとした態度に腹が立ったり、ギスギスした人間関係になったりしがちだ。だが、1歩立ち止まって考え、「彼(彼女)があんななのは、もしかしたらこういう背景があるのかもしれない」と、想いを巡らせてみると、結構ストレスは消えていく。また、このように物事を深く掘り下げて考えることで、人間という存在に対する理解が増すかもしれない。

私は、医療従事者に求められる能力で、もっとも根本的に必要なものの1つは、人間という存在に対する理解力、人間観、世界観だと思っている。忙しく、ストレスの増す時期、また、モンスターペイシャントなどという、ある意味短絡的な言葉が広まることに象徴されるように、医療界全体がストレスフルになっている昨今は、われわれ1人1人にとっては、逆に人間観、世界観を磨くチャンスなのかもしれない。


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