IZ-News 10年7月号より
オシムの伝言

サッカー・ワールドカップ南アフリカ大会も、盛り上がりの中、終了した。大会は、戦前予想されたように、メッシの大会でもなければC・ロナウドの大会にもならなかった。終わってみれば、タコのパウロ君の大会だったような気がしないでもない。が、それはともかく……。

今回の大会にちなんで、「オシムの伝言」(千田善、みすず書房、2009年)という本を読んだ。オシムとは、言うまでもなく旧ユーゴスラビア出身の前日本代表監督、イビツァ・オシム氏。著者はその通訳。本書は、オシム氏が日本代表監督に就任以来、常に氏の傍らにいた著者が、オシム氏の日本代表監督としての軌跡、闘病の日々、日本サッカー協会アドバイザー就任から離日まで、923日間の活動と発言を記録したドキュメントである。

選手時代から哲人フットボーラーとして知られていたオシム氏の含蓄ある「オシム語録」は有名で、本書でも随所に引用されており、なかなか愉快である。だが、この本でひとつ興味深いのは、著者の千田氏がサッカー通訳として1年半務めた後、脳梗塞で倒れたオシム氏の医療・リハビリ通訳としても1年余を過ごしており、本書後半がすぐれた闘病記になっていることだ。

2007年11月に倒れたオシム氏は、当初順天堂大学浦安病院のICUに入院。ついで初台リハビリテーション病院で療養の日々を過ごす。身心ともに強靭なオシム氏といえども、長くつらいリハビリ期間中には、鬱のサイクルに見舞われることもある。そんな中、初台のトレーニングルームで流れたビートルズの名曲「ヘイ・ジュード」にオシム氏がリハビリの手を止め、聴き入るエピソードは感動的だ。ポール・マッカートニーがジョン・レノンの5歳の息子ジュリアンを励ますために作ったと言われているこの曲が、オシム氏の心の琴線に響いたのである。そう言えば、この曲は1968年、ソ連侵攻後のチェコでマルタ・クビショヴァがカバーして歌い、チェコの民衆を励ましたことも良く知られている(NHK・世紀を刻んだ歌)。
本書は、サッカーファンは当然として、サッカーファンでなくても楽しめる、なかなかの好著である。


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