IZ-News 11年01月号より
貧困ビジネスと病人ビジネス

先月、アルコール依存症患者の更正施設と称しながら、実は「貧困ビジネス」を行っているのではないかと、ある施設についての疑惑を報じる記事が地元紙に載った。この施設、実は私が住んでいるマンションと敷地を接した隣にある。記事によれば、通所型のこの施設は県外でホームレスの人をスカウトし、高知に連れてきて生活保護を申請させ、支給される保護費を施設が全額受け取り、本人には月3,000円ほどしか渡さないのだという。通所者たちは市内のアパートなどに住まわせ、日中は施設でミーティングなどの「更正プログラム」に参加させているとのことである。

この疑惑がどれほど確かなものなのかよく分からないが、記事を読むかぎりでは、たしかに貧困者を囲い込んで喰い物にする「貧困ビジネス」の手法がうかがわれる。それにしても、このような施設がわが家のすぐ隣にあることに、ご時世というものを感じる。

さて、ここでふと思うのだが、わが医療業界はどうだろう? これも報道によれば、一部地域では、「行路病院」と称される一群の「貧困ビジネス病院」があるそうだ。「なんちゃってステント」で有名になったY病院はその突出例である、と。だがそもそも、この「貧困ビジネス」の用語法にしたがうならば、すべての医療機関は常に「病人ビジネス」に堕する危険性を有している、と言わねばならないだろう。経営の存続を口実に不正な利益追求に走り、患者本位の姿勢を失い、患者を利益追求の手段にするような経営のあり方は、「病人ビジネス」と呼ぶのがふさわしい。

医療機関は、患者の不幸(病気)が自院の収入源という、ある意味「原罪」を背負っている。その「罪」を免れるための手立ては患者本位、すなわち患者の利益のために徹頭徹尾尽くすことをおいて他にない。

昨年は貧困ビジネスとか、無縁社会とか、寒々しい言葉を見聞きする機会が多かったように思う。ご時世である。そんな中、われわれ自身が「病人ビジネス」に仲間入りしてしまわないよう、医療者としての初心を改めて心に刻みつけておきたい。そんな新春の心もちである。


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