IZUMINO-izm 13年01月号より
驚きの介護民俗学*1

昨年読んで面白かった本の中から1冊紹介しよう。著者は民俗学研究者だが、数年前に大学を辞し、今は介護職員として働いているという変わり種。彼女は言う。「老人ホームには、今ではムラの調査では直接出会うことのできない世代である大正一桁生まれはもちろんのこと、明治生まれの利用者もいる。(略)長いあいだ、さまざまな地域を回ってムラでお年寄りたちに聞き書きをし、地域の民俗事象について研究してきた私には、老人ホームで働き、そうした利用者に囲まれている毎日が、まるでフィールドワークをしているかのように刺激的であり、幸せの日々なのである」と。老人ホームは「民俗学の宝庫」だとも彼女は言う。実際、本書で紹介されている老人の語りは、馬喰*2、蚕の鑑別、成り木責めの歌*3、ドブロクつくり、女の立ちション*4等々、実に興味深い。

さて、ここまでは「民俗学にとっての介護」の話。忘れてはならないのは「介護にとっての民俗学」の話。つまり、「民俗学は介護の現場で何ができるのか?」という観点からの問題提起である。

たとえば、民俗学における聞き書きの手法に馴染んできた著者は、ケア技法である回想法に違和感を抱くようになる。なぜかというと、そのひとつには、回想法で用いられる傾聴が、傾聴といいながら実は話者の語りの内容そのものを虚心坦懐に聴くものではないと著者には感じられたからだ。医療の世界でも同じことなのだが、傾聴は「単に聴くだけではなく、聴いているということを非言語的に伝えるということも含んでいる」とされる。ありていにいえば、ある種のポーズを含んでいるといえる。だが、ポーズの側面が勝ちすぎ、聴くことの方が軽視される本末転倒が、現場では案外と横行してはいないか? これに対し、相手の言葉そのものを聞き逃さず書きとめることに徹し、それによって相手の生活や文化を理解するという民俗学の手法が、介護や医療の現場において、もしかしたら有効だったりするのかもしれない。話者を全人的に理解するためにも、民俗学の知識やスキルは武器になりそうだ。で、こういうのはどうだろう?
「すべての医療・介護従事者よ。民俗学を学べ!」

*1六車由美:驚きの介護民俗学、医学書院、2012年
*2馬喰:ばくろう。博労とも書く。牛馬の仲買人。
*3成り木責め:小正月行事のひとつ。柿、栗などの木を鉈などで叩きながら文句を唱え、豊作を祈る民俗儀礼。
*4女の立ちション:昔の農家の女は、畑で立って小用を足していたそうだ。


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