IZUMINO-izm 14年07月号より
五十路ロッカー

私のちょっと変わった旧友を紹介するシリーズの第3段(とりあえず今回で打ち止め)。
ヒデヨヴィッチ上杉。たしか私より2学年後輩だったと思うが、大学の同じ学生寮に住んでいた友人である。彼は当時、所属していた琵琶湖研究会という環境保護系のサークルを本拠地にしながら、同サークルだけにとどまらない様々な活動に関わっていた。社会の色々な問題に対する彼の「構え方」というか、センスのようなものが私はとても好きで、彼と私は一時期よくつるんで活動していた。

彼と一緒に企画したイベントで、今でもよく覚えているのが「大阪城築城400年祭」批判のイベント(1983年)である。当時、この築城400年祭の背後には関西新空港建設などをてこに「関西復権」を目論む関西財界の姿があり、そうした動きに対する批判とともに、今でいう歴史認識問題を絡めた祭り批判を行おうということで、映画「秀吉の侵略」上映、講演会、コンサートからなる3本立ての企画を行った。とくに関西ロッカー2組を迎えたジョイント・コンサートは盛況で、とても楽しい企画だった。ところが、この後くらいからだったろうか。彼は「自ら音楽をする人」へと、自分の人生の舵を切っていった。

やがて彼はフリーターをしながらバンド結成、ミュージシャンを自称する。その後バンド名を変更したり、バンド改変を行ったりして現在に至る。今のバンド名を「ジェロニモレーベル」という。「極東ローカル・地下ロックンロール」という触れ込みで、メッセージ性の強い歌を日本語にこだわって発信し続けている。 性根の座った五十路ロッカーである。機会があれば、聴いてみていただきたい。


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