IZUMINO-izm 16年08月号より
むらと原発 (2)

先月の本欄に続き、むらと原発についての話である。

「原子力ムラ」というとき、「ムラ」という言葉にはふつうネガティブなイメージが被せられている。閉鎖的、保守的、前近代的といったイメージだ。だが、「ムラ」をそうしたネガティブなシンボルとして扱うことは正しいのだろうか?


本書は窪川という、原発建設計画が持ち込まれて、賛成と反対とに分かれた人びとによる長い争議の後に、最終的に計画を白紙撤回させた町のことを語る。第一次産業を中心としたムラづくりが考えられていた町に、国や県、電力会社によって構成される国策共同体が原発計画を持ち込む。町民たちは、推進と反対のいずれかの立場であることを表明するように迫られる。(略)窪川に生きてきた人びとにとって本意ではない形で持ち込まれた計画であり、騒動であった点をふまえて、本書はこの一連の出来事をあえて「原発騒動」と呼ぶ。

しかし、本書は原発騒動の期間にのみ光を当てるのではなく、原発騒動の遙かに前から、さまざまな問題に直面し、格闘し続け、そして原発騒動に終止符を打った後も格闘し続けている地域の人びとの歴史を語る。そのことによって、窪川のムラが如何に原発とも向き合ったのかその意味を切り取ることができる、と考える。


そして、著者はいう。

私は窪川原発反対運動の要点は、原発立地をめぐる住民投票条例を作ったことよりも、作った住民投票条例を使わなかったことにあると結論づける。

マスコミや町外の支援者からは、この終結宣言は法的拘束力をもたず、推進・反対のそれぞれに自由な解釈が可能な玉虫色の内容ともみられた。これで原発問題が終結するのかという批判の声もあがった。しかし、町民はこれで原発問題は終わったのだ、と思った。

原発論議の終結宣言を全会一致で決議したことこそが、窪川の人びとの聡明さであるということに、何か不都合があるだろうか。


安保、改憲に合区…。とかく民主主義のあり方が問われる昨今である。国策に関わる大きな問題をムラの人びとが必死にもみ合い、もみ消した。民主主義の問題として、「窪川原発騒動」のプロセスから学ぶことは案外と多いように思うのだが…。

※むらと原発:猪瀬浩平、農山漁村文化協会、2015年

【参考】
・読書日誌:むらと原発


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