1917−2017年今年から来年は1867年大政奉還、1868年明治維新からそれぞれ150年ということで、高知県をはじめ、ゆかりの県で幕末維新博などのイベントが予定されている。だが私は、個人的には「大政奉還150周年」よりも「ロシア革命100周年」の方が感慨が深い。1917年に起きたロシア10月革命※1によって、マルクス(1818〜1883)が予言した社会主義政権が世界で初めて成立したからだ。マルクスによれば、人類の歴史は階級闘争の歴史だが、資本主義の最終段階にいたり、労働者階級が資本家階級を打ち倒して社会主義国家を作ったのち、やがて国家も階級も廃絶される。その「人類前史の総決算」の最初の決定的な第一歩がロシア革命だとするならば、それはまさに有史以来の大事件である。
だがしかし、ご存じの通り1991年、ソ連は無残な崩壊を遂げた。
では、マルクスの予言はただの「悪い夢」だったのか。資本主義陣営はたしかにいっとき勝利を謳歌したかに見えた。だが、その後の強欲資本主義の暴走とリーマンショックにみる混迷、格差と貧困の拡大は、資本主義もまた、深い病根を抱えていることを示している。そして2016年、アメリカで起きたサンダース旋風とトランプ現象は、マルクス主義不毛の地における労働者反乱のひとつのあらわれ方を示しているようにも見える。さて、1917年。ロシア革命を指導したレーニン(1870〜1924)が同年、革命直前に著した「国家と革命」は、実は未完の書である。同書の記述は第6章までで中断している。レーニンは同書第一版あとがきでこう述べている。
しかし、私は表題のほかには、この章の一行も書けなかった。政治的危機、1917年の10月革命の前夜が、これを「妨害」したからである。このような「妨害」は、よろこぶよりほかはない。しかし、この小冊子の第二分冊(=第7章以降のこと;伊藤註)は、おそらく、ずっと延期しなければならないであろう。「革命の経験」をやりとげることは、それを書くことよりも愉快であり、有益である。※2レーニンがこのように書いてから100年。レーニンが書かなかった同書第7章以降について、そしてその後、ソ連と世界が辿った100年間について考えること。それもまた愉快で有益なことではないだろうか?
※1)革命以前のロシアではユリウス暦が用いられていた。1918年、ロシアは現在のわれわれと同じグレゴリオ暦に改めた。10月革命はグレゴリオ暦11月に起きたため、11月革命とも呼ばれる。
※2)レーニン:国家と革命、宇高基輔訳、岩波文庫、1957年