ネムとヒメシャラ象潟や雨に西施がねぶの花(きさかたや あめにせいしが ねぶのはな)
松尾芭蕉が「奥の細道」で詠んだ句である。象潟は秋田県にある町。西施とは紀元前五世紀頃の中国にいたとされる「絶世の美女」で、掲句は雨に濡れるねぶ、すなわちネムノキの花の美しさを歴史的な美女に喩えた句というわけだ。ネムノキは県内でもふつうに見られるが、花は6〜7月頃に咲き、とくに雨の日などは、ピンク色の花(じつは雄しべ)が一段と鮮やかに見え、ハッとするほどである。
同様に、雨が似合い、かつ女性を連想させる草木というと、私の一押しはヒメシャラだ。こちらは花ではなく木肌の艶めかしさが魅力的な樹木。雨の日の山歩き。単独行で歩いていて、ガスに煙る林の中、突然ヒメシャラに出会ったりすることがある。濡れて鮮やかに赤く光る木肌は湯上り美女の風情で、あたりに人の気配が何もしない山中で独り、こんな姿をいきなり目前にすると、何か見てはいけないものを見てしまったような、妙にどぎまぎした気分になったりするものだ……。
ま、おっさんのつまらない妄想である。で、このように書いてみて、あらためて冒頭に掲げた象潟の句を眺めてみる。すると、かの俳聖にも、私やそこいらの凡人同様、妄想おやじの一面があったりするのだろうかと思えてくる。やれやれ、である。