伊勢湾台風とわが家西日本大豪雨(平成30年7月豪雨)は8月6日現在で死者225名、行方不明者11名という、豪雨災害としては近年まれに見る大災害となった。被害の激甚さは、いきおいかつての大災害、ことにその代表である伊勢湾台風(1959年)※1の記憶をわれわれに呼び起こした。実は私は、伊勢湾台風とは浅からぬ縁なのである。
伊勢湾台風による死者・行方不明者は5,098人に上ったが、市町村毎に人口に対する死者・行方不明者数の割合を見た場合、抜きんでて高いのが三重県桑名郡木曽岬村(現木曽岬町)の10.96%(328/2,993)と同長島町(現桑名市長島町)の4.48%(381/8,499)である。木曽川をはさんで隣り合う2つの町の犠牲者数は計709人に達し、犠牲者全体の13.9%を占める。私の実家はその長島町にある。台風当時、私の両親は名古屋市※2に住んでいた。私の姉は生後3ヶ月で、その無垢な笑顔は暴風雨に怯える周りの大人たちを大いに励ましたそうである。私が生まれたのはその翌年。さらにその少しあと、私が物心つく前に一家は両親の故郷である長島町に転居。伊勢湾台風の後、同町で生活を継続していくことを諦めた方から被災した家と敷地を購入して移り住んだとのことだ。
そのような経緯なので、私の幼-少年時代の記憶は、すべて長島での記憶だ。当時、私の一番お気に入りの景色は、自宅から眺める鈴鹿の山々だった。目の前に田んぼが広がり、その先には長良川の堤防が横切る。さらにそのずっと遠方、御在所岳などの山々が連なっていた。いま、かつてわが家の目の前にあった田んぼは、イルミネーションで有名なテーマパークに変わり、堤防の向こう側には長良川河口堰※3の巨大な構造物(=調整ゲート開閉装置室)が頭を覗かせている。かつての被災地も年月とともに姿を変える。諸行無常というべきか。
※1)高知県民にとっては室戸台風(1934年、死者・行方不明者 3,036人)の方が印象が強いだろうか。
※2)名古屋市の犠牲者:死者・行方不明者 1,851人(対人口比 0.12%)
※3)長良川河口堰:1994年竣工。建設是非をめぐる問題で、かつて全国の反ダム運動の象徴となった。