IZUMINO-izm 20年01月号より
40年前と今と

昨年11月に出版された「ゴトーのものさし」を精読した。五島前理事長の若き日からの活動を振り返る本書は、私が知らない防治会設立当初のエピソードがやはりとても興味深かった。そして改めて思ったのは、当時の四国勤労病院の病院としての異端ぶりだった。

当時、四国勤労病院の労使間で交わした協約覚書は「現行医療・医学はすでに科学としての論理性を失っており、(略)反動性を有している」と述べ、既成の医療・医学を厳しく批判している。また、「当院の存在は医療機関一般に指摘し得る労働力修復機関としての社会性を超え…」とも述べている。つまり、普通の医療機関は「労働力修復機関」に過ぎないが、当院は「その先」を行くのだ、というわけだ。

このような、既成の権威への否定的態度や、「われわれは普通の病院とは違うのだ」というような、ある種アウトサイダー的な感覚は、じつは当時、全国のあちこちで見られたものだ。そしてそれには根拠がある。医療・医学に関しては、かたや「人ではなく臓器中心」としばしば批判された大学病院/医局講座制があり、かたや「薬漬け検査漬け」の、医療の質に問題のあるその他病院・診療所が多くあった。だから、当時の激しい医療・医学批判には、それなりのリアリティがあったのだ。

あの当時から40年ほどが経って、防治会の異端さはすっかり影を潜めた。ひとつには、患者層が労災・職業病中心ではなくなったことが原因だ。だが、それだけではない。医療界自体が変わったのだ。いわゆる「臓器中心の医療」は、高齢化の進展により「全人的医療」への変革圧にさらされている。医療の質についても、行政-医療医学界-市民のさまざまな取り組みが進んでいる。医療法や診療報酬制度と結びつけられた医療安全や院内感染対策の取り組み、新医師臨床研修制度導入による大学医局の権威低下、地域医療計画/地域医療構想、第三者による医療機能評価、EBMや診療ガイドラインの定着、パスやNSTなどのチーム医療、QIやCIの計測-改善活動、カルテ開示法制化(個人情報保護法)などである。現在でも医療にはさまざまな問題があるが、医療の問題に対する規制や介入、評価、改善などの取り組みは確実に前進している。40年前の防治会は「普通の病院」を否定し、別の道を歩む異端者/トップランナーだったかもしれないが、医療界自体の変革の中で埋没し、今はすっかり普通の病院/フォロワーだ。だがそれは悲しむことではない。むしろ喜ばしいことだ。それゆえ、自らがフォロワーであることをしっかり確認し、同じ普通の病院の先進的な取り組みを謙虚に、かつ貪欲に学ぶことこそが、今のわれわれにとって正しい態度なのではないだろうか?


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