IZUMINO-izm 20年03月号より
真摯さについて

本紙1月号巻頭で夕部院長が真摯さについて語った随想はとても印象的だった。そして、「今年は真摯さを病院全体に行き渡らせるように取り組んでいきたい」とも書かれていた。そこで私も、真摯さについて私なりに述べてみようと思う。

病院で働く者にとっての真摯さにもいろいろある。医療・看護のさまざまなプロセスで、目の前の状況に真摯に立ち向かうこと。ことに患者の声に真摯に向き合うこと。患者だけではない。同僚や上司、部下、他部署スタッフに対する姿勢もそうだ。また、院内に多数ある機器や施設、設備の声にだって真摯に耳を傾ける必要がある。

さて、近頃経験したことで具体例をあげよう。以下、批判がましく聞こえるだろうが、特定の部署やスタッフを責める意図は毛頭ないのでご容赦願いたい。

先日、外来のご意見箱コーナーにご意見と回答が貼られていた。ご意見は、病院バスの待ち時間の間にちょっと飲食しながら休憩できるスペースがほしいというものだった。このご要望にお応えするのは物理的困難があり、その結果お断りの回答が書かれてあったのだが、問題はその中身ではなく、書き方だった。回答の中身というのは「飲食スペースは7階にあるのでこちらをご利用ください」というもの。このことをごく淡々と率直に書いている。その限りではふつうだ。だが少し想像してもらいたい。バス待ちのほんのちょっとした時間を1階で過ごしたいと言っている患者さんに対して、玄関からあの待ち時間の長いエレベータで7階に上がって過ごせと答えることがどんなに不親切なことか。このことの自覚があるなら、せめて「たいへん申し訳ないのですが」とひと言書き添えるくらいの配慮は必要だ。それがなく、一方で回答文の冒頭には「貴重なご意見ありがとうございます」と型通りの一文があったりするものだから、よけい白々しく読めてしまう。これはいかがなものかと指摘させていただき、この掲示は撤去された。

くり返すが、私はただ特定の個人を非難したくて書いているのではない。例に出させていただいた回答文を書いた方も決して不親切な方ではあるまい。ただことこの件に関しては、おそらくどこか真摯さが足らなかった部分がある。似たようなことは、そして、ちょっとした「真摯さの欠如」は、たぶん当院の中でも無数に発生している。日々数々の業務をこなしていれば、誰しも起こり得ることだ。私とて、他人に指摘され、真摯さが足りなかったなと自省した経験は山ほどある。だから、さまざまな局面で誰かの「真摯さの欠如」を見つけたならば、気づいた人がそれを指摘するのも時に必要だ。これもまた、真摯さのひとつと言えはしないか。


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