IZUMINO-izm 20年05月号より
PCRとマリス博士 (2)

PCRの発明者キャリー・バンクス・マリス(1944-2019)。1993年のノーベル化学賞受賞者。このマリス博士について生物学者の福岡伸一氏は次のように書いている

PCRの発明者として、マリスの名前があらわれたとき、彼を取り巻くさまざまな噂が伴われていた。
マリスはサーファーである。マリスはLSDをやっている。マリスはあらゆる職場で女性問題を起こし辞めている。マリスは講演会で好き勝手な話をして降壇させられた。マリスはPCR利権からはずされたのでいまだにシータス社を恨んでいる。マリスは結婚と離婚を繰り返している。マリスはエイズの原因がエイズウイルスでないと主張している……。これらの噂は彼の口から発せられたことを源とし、それらはおおむねそのとおりだった。つまり彼は悪びれることなく、正直に自分のことを語っているのだ。
そして、彼がPCRのアイデアをひらめいたのは、同僚(当時)とのドライブデートの最中だった。
「やった!」私は叫んでアクセルを離した。車は下りカーブの路肩に乗り上げて停止した。そばの崖から大きなトチノキが覆いかぶさって、ジェニファーが座っている助手席の窓に葉をこすりつけていた。彼女はまどろみの中にいて、かすかに身体を動かしていた。ジェニファーが、早く行きましょうよ、と呟いていた。私は言った。すごいことを思いついたんだ。彼女は欠伸をしてから窓に頭をもたれなおして、再び眠りにおちた。
私たちは、128号線の75キロ・ポストの地点に止まっていた。同時に、来るべきPCR時代の夜明けの、まさにほんの直前に位置していたのだった。
こうして、PCRは世に出たのだった。

福岡伸一:生物と無生物の間、講談社現代新書、2007年


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