IZUMINO-izm 21年05月号より
私たちは皆、億万長者だ

ジブリ映画にもなったファンタジー「ゲド戦記」などの著作で知られるアーシュラ・K・ル=グウィン(1929-2018)が生前最後に上梓したエッセイ集を最近読んだ。その中のひとつに「二階のお馬さんたち」という小文がある。

それは、ル=グウィンの親戚が牧場のある丘陵地の家に集まったときのエピソードである。親戚の一人、2歳の少女がこのとき発した「お馬さんたち、2階にいるの?」という子供らしい質問についてル=グウィンはあとで思い出して思索を巡らし、このエッセイを書いた。子供の知的世界の発達について。さらに神話や信仰と性格を異にする、知識というものの意味合いとその価値について。そして最後にこう述べる。

私たちが生まれた日から最期の日までの間に学ぶことが――お馬さんたちがどこに住んでいるか、から恒星の起源まで――どんなに多いかと、改めて思ったことだ。私たちは知識において――そして、世界についてこれから学ぶべきことにおいても――ものすごく豊かなのだ。私たちは皆、億万長者だ。
この「私たちは皆、億万長者だ」という感覚は、私にはとても良く理解できる。資産家が自分1人ではとても使い切れないようなお金を持っているのと同じように、私たちは誰しも、たとえ貧乏でも、私たちの前には自身にとって未知の(人類にとって既知であれ未知であれ)「知の世界」が広大に拡がっているのだ。そして、「知る」とは、快楽の中でも最たるもののひとつである。こう考えると、私たちはたしかに皆、億万長者であるに違いない。

今は5月。新人の方などは日々新たに知識を蓄え、経験をし、しかもコロナ禍という特殊な環境下で過ごしている。たいへんなことではあるが、これは見方を変えると、彼らが豊かになりつつあることだとも言えるのである。「5月病になっている暇なんかないわ。」こう言ってもらえると、頼もしい。


※アーシュラ・K・ル=グウィン:暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて、谷垣暁美訳、2020年、河出書房新社

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