犬塚勉のこと私の記憶が確かならば、私が画家犬塚勉(1949-1988)の名を知ったのは、NHK大河ドラマ「龍馬伝」が放映された年(2010年)である。ある日、ドラマを見終えた後、何となくチャンネルを回してEテレの「日曜美術館」にした時、画面に犬塚勉の作品が映し出されていた。犬塚の作品は、いずれも山の風景(森や草木、岩、谷川など)を細密なタッチで描く写実的な作風なのだが、私は一目観て、単なる写実以上のリアリティを感じ、ある種の衝撃を受けた。そこに描かれていたのはただの風景ではなく、「山屋に見えている山の世界の再現」といった感じのものだったのだ。
山屋とは、山を愛する者がしばしば自身や同好の士を指していう言葉だ。犬塚勉も山屋である。彼は山に登り、山の画を描き、独自の画風を確立した矢先の1988年、谷川岳で遭難、38歳の短い生涯を終えた。彼は極細の絵筆を使った。草原を描くときには草の一本一本を、稜線の登山道を描くときには石ころ一つ一つを、実に丁寧に描いた。途方もないタッチ数。私には彼のタッチの一つ一つが彼の祈りのように感じられる。そのように無数のタッチを積み重ねて描かれた彼の作品から感じられるのは、山の風景の奥に潜む、何か超越的なものの気配、私が山に入ったときにいつも感じる、あの気配である。彼のタッチ一つ一つは、その何かしらあるものに対する祈りなのではあるまいか……。
さて、ところで。こう書いて、ふと思うのだが、私たち医療者の営みもどこか似ていないか? 私たちが日々提供する医療やケアの一つ一つはそれぞれ個別の意味を持った一つ一つの行為だが、同時にそれらは全体として「いのち」とでも名付けるべきある一つの大きな全体に対する祈りのようなものでもある……。私はそのように思うのだが、皆さんはどうですか?