IZUMINO-izm 25年4月号より
その時代、その場所、その人に思いを馳せる

小説をほとんど読まない私だが、最近、海外の小説、しかもカーネギー賞*1を受賞した2人の女性作家による作品を続けて読んでいる。いずれも重く、つらい歴史的状況を背景に、懸命に生きる少年を主人公にした、主としてティーンズ向けの歴史フィクションである。それら*2の中から2冊を紹介しよう。

最初の一冊は「ぼくの心は炎に焼かれる」*3。舞台は1951年から1953年にかけて、イギリス植民地時代のケニア(ケニア独立は1963年)。当時、入植者イギリス人が「マウマウ団」と呼び、恐れていた急進的な民族解放運動が高まっていた。主人公は2人の少年。1人は広大な農場を所有する入植者家庭に生まれたイギリス人少年。もう1人はその農場で両親とともに使用人として働くキクユ人少年。独立運動の高まりとともに、大人たちはまるで磁石のSN両極に引き寄せられるように分裂していく。一方は「マウマウ」の嫌疑をかけた人々への過剰弾圧を行い、それを支持していく側へ、他方はそれに反発し、独立のための闘いに合流する側へ。こうした大人たちに戸惑う2人の少年を描く作品である。

もう一冊は「モノクロの街の夜明けに」*4。こちらの舞台は1989年のルーマニア。「ベルリンの壁」崩壊で知られる1989年東欧革命の中で、ルーマニア革命はそれまで独裁的な権力を誇った大統領チャウシェスクが捕らえられ死刑に処されるという劇的な展開を遂げたことで知られる。チャウシェスク時代のルーマニアは、セクリターテと呼ばれる秘密警察が跋扈し、盗聴や人々への密告強制を行うなど、おぞましい監視社会だった。主人公はブカレストに住む高校生の少年で、1989年10月、セクリターテの諜報員からある「標的」への接触と密告を命じられ、悩みながら日々を過ごすが、12月になり東欧革命の波及とともに人々が起ち上がり、主人公も闘いに飛び込んでいく…。

今の日本からすると、想像が及ばないほど過酷で特殊な状況を描いているようにも見えるが、「モノクロの街の夜明けに」の著者ルータ・セペティスは一作品につき75〜100人へのインタビューを行うなど、徹底的なリサーチを行う作家だという。本作の場合、かのナディア・コマネチ*5にもインタビューを行った。このような綿密なリサーチは物語に生々しいリアリティを与えている。

すぐれた歴史フィクションを読むということは、作品で描かれるその時代、その場所、そして登場人物の背後にいる実在の人たちに思いを馳せるということだ。そのことによって教科書や報道により知識として知るよりもより深く、読者の歴史観や世界観、人間観に影響を与える。これはたぶん、とても有意義なことだ。


*1)カーネギー賞:イギリスの図書館協会から贈られる児童文学の賞。対象作は前年にイギリスで出版された英文の児童書。
*2)3)4)の他に、真実の裏側(ビヴァリー・ナイドゥー)、灰色の地平線のかなたに(ルータ・セペティス)、凍てつく海のむこうに(同)など
*3)ぼくの心は炎に焼かれる:作・ビヴァリー・ナイドゥー、訳・野沢佳織、2024年、徳間書店
*4)モノクロの街の夜明けに:作・ルータ・セペティス、訳・野沢佳織、2023年、岩波書店
*5)ナディア・コマネチ:ルーマニアの女子体操選手。1976年モントリオールオリンピックで金3個、1980年モスクワオリンピックで金2個のメダルを獲得した。ルーマニア革命直前の1989年11月、アメリカに亡命。

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