効きすぎる薬最近読んだ本より。「ネオニコチノイド 静かな化学物質汚染」*1。やっかいな化学物質として、PFAS*2などは近年マスコミにも取り上げられるようになったが、こちらの認知度はまだまだなのではないだろうか。ネオニコチノイド系殺虫剤は1990年代に登場した農薬の一種である。浸透性殺虫剤といわれ、殺虫効果が持続する、使用する人に中毒の心配が少ない、残留しにくいなどと謳われ、世界中に広まったが、やがて安全性に疑問が持たれるようになった。
欧州ではトウモロコシの種にまぶして畑に撒いたところ、ミチバチなどが激減した。日本でも水田での使用後に赤トンボやミツバチの激減が観測された。島根県宍道湖では動物性プランクトンが顕著に減少し、激減したワカサギの漁獲量はいまだ回復していないという。
なぜ効きすぎるかというと、それはこの薬の性質による。ネオニコチノイドは昆虫の脳にあるニコチン受容体に作用することで害虫を殺すことを目的とした殺虫剤。作用機序としては、ヒトに使われるエスラックス、マスキュラックスといった筋弛緩薬と同じである。ヒトへの毒性は低いと考えられてきたが、農薬の空中散布に曝露した人やペット茶を大量に飲んだ人で頭痛、胸痛、筋肉痛や動悸、心電図異常、近時記憶障害などの症状を訴える人が現れた。どうやら思った以上にやっかいな物質であるらしいのだ。
このように、ヒトへの直接的な影響も気になるところだが、何といっても被害の「激甚ぶり」が深刻なのは昆虫たちだろう。ネオニコチノイドは水溶性で、ヒトの場合だとある程度の時間経過によって体外に排出され、中毒症状も可逆的な場合が多いようだが、昆虫の場合は個体の一生の時間が短いこともあり、容易に大量死〜種の絶滅につながってしまいかねない。それは生物多様性にとって大いなる脅威だ。生物多様性のかなりの部分は昆虫の多様性が占めている*3。食物連鎖や花粉運搬の担い手が欠けることで他の動植物や人にも影響が出る。
考えれば考えるほど「これは大問題ではないか!」と思えてくるのだが、その割にはあまり世間の話題になっていないようだ。化学的に要注意の物質だが、色々と利害が絡むので政治的にも取扱注意、ということなんだろうか?
*1)平久美子:ネオニコチノイド 静かな化学物質汚染、岩波ブックレット、2024年
*2)PFAS:有機フッ素化合物のうちペルフルオロアルキル化合物、ポリフルオロアルキル化合物の総称
*3)地球上の全生物種に占める昆虫の種の数の割合は6割とも7割とも言われている