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最近始めたウォルターの店での給仕を終えて風車小屋に帰ると、坊ちゃんが床に寝転がっていた。坊ちゃんの周りには、ウィスキーボンボンの包み紙が散乱していた。チョコレートの甘い匂いに混ざって、ほんのりアルコールの匂い。
この辺りは夏も冬もさほど厳しくなく、年中秋のような気候だが、今は1年でも一番寒い時期だ。確かにここの暖炉の熱は床に伝わる仕組みにはなっているが、毛布も掛けずに寝ていては寒いはずなのに。
念のためサーモグラフィで確認すると、案の定坊ちゃんの体温は普段より少し高かった。
この村に移り住んでからほぼ1年がたった。
温和で平和なこの村では、坊ちゃんに向けられる危険がほとんど感じられない。それに例え何かあったとしても、村全体で坊ちゃんを守ってくれる。この村の人々は、お互いが気にかけ合い、助け合って生きている。
始めのうち、僕から決して離れなかった坊ちゃんも、最近ではイーファンのところに1人で往診に行くようにもなった。それで僕も、坊ちゃんの勧めもあって、村人の役に立てる仕事を色々始めたのだ。
だけど僕たちは夕飯は必ず一緒に食べる。そこで今日一日の情報交換をする。
今日はウォルターの店から、スープと手作りのケーキを分けてもらった。坊ちゃんの大好きなキャロットのケーキだ。
「坊ちゃん」
僕はスープとケーキをテーブルの上に置くと、しゃがんで坊ちゃんの名を呼び、その髪にそっと触れた。坊ちゃんはゆっくりと腕の中から顔を出し、とろんとした目で見上げてきた。そして僕を認識すると、笑顔になって腕を伸ばしてきた。
「どうしたんです?そのお菓子」
首に絡み付いてくる腕を受け止めて、その身体を抱き上げた。静電気で身体についていた透明な包み紙が、2,3枚ハラハラと床に落ちた。
「もらった」
坊ちゃんは僕の首にしがみ付いたまま、笑いを含んだ声で言った。
「もらったって、イーファンに?」
僕は少し眉を寄せた。イーファンにもらったのならそう言うはずだと思ったのだ。坊ちゃんはクスクスと笑いながら、僕の腰に足を絡めてきた。まるでコアラの子どもように僕のお腹にへばりついて、手を離そうとする。あわてて僕は坊ちゃんを抱えた。坊ちゃんはまたクスクスと笑いながら口を開けた。
「なんとかリンっていう知らない女」
「坊ちゃん!」
僕はビックリして、坊ちゃんの顔をこちらへ向けた。
「なんでそんな危険なことを!それ食べたんですか!?なんともないですか!?」
身体を調べようとする僕の手を払って、坊ちゃんは僕から飛び降りた。床に足が着いた途端、ふらついたが、支えようとした僕の手をまた払った。
「アージだって知らない女としゃべってた」
坊ちゃんは目の淵を赤くさせて、僕からちょっとずつ遠のこうとする。僕はその後をゆっくりと追いかけた。狭いリビングでは、逃げ場もなく、グルグルとその場を回っていることになるのだけれど。僕は坊ちゃんから目を離さずに、昼間の出来事を思い出した。そしてウォルターの店の前で話していた女性のことを思い出した。
「ああ、あれは、街にいるルークのお姉さんです。今帰って来てるんですよ。坊ちゃんにも会いたがっていました。明日一緒に行きましょう」
僕は笑って手を伸ばしたけれど、坊ちゃんは自分の手を後ろに隠してしまった。
「あの女、アージのこと、ずっと見てた」
「坊ちゃん、あの女じゃなくて、サラと言うんです。大丈夫、危険はありません。坊ちゃんのためにキャロットケーキを焼いてくれましたよ。ほら」
僕はテーブルの上のそれを取って、坊ちゃんに見せた。そして危険が無いことを知らせるために、ひとくちちぎって食べた。
「バカアージ!」
それまで逃げていた坊ちゃんが突然蹴りつけてきた。僕は咄嗟に坊ちゃんの安全と、手に持っていた坊ちゃんの好きなケーキとを両方守ろうとして、体勢を崩した。
―――ゴチ。
僕はキャロットケーキを持っていない側の腕で、僕を蹴ろうとしてカーペットで滑った坊ちゃんを抱いて、床に倒れこんだ。
床に散乱していたウィスキーボンボンの包み紙が舞った。
「リンが、アージと仲良くなれるおまじないだって言ったんだ」
僕の胸に顔をつけたまま、坊ちゃんが話し出した。どうやら怪我はなさそうだ。僕はふわふわのくせっ毛を何度も撫でる。
「これを食べたら、アージがその気になるって」
僕はギョッとして、坊ちゃんを抱えたまま起き上がった。
「その気って、坊ちゃん。僕は・・・」
坊ちゃんは、僕の口を手で塞いで次のセリフを封じると、目に涙を溜めて話し出した。
「アージは、ルークのお姉さんが結婚してくれって言ったらどうするんだ?村長さんが結婚しないとここにはいさせないって言ったらどうするんだ?お前のことロボットだってみんな知らないんだぞ。みんなアージがかっこいい人間の男だって思ってるんだぞ」
ああ、坊ちゃん。僕はやっと坊ちゃんの不安がわかりました。
僕は坊ちゃんを引き寄せると、涙で濡れた頬にキスをした。それからその身体をゆっくりと床に倒した。
「坊ちゃん、僕は坊ちゃんのものです。誰かと一緒にならないと、この村に住めないのなら、出て行くだけです。他のどんなものも坊ちゃんとは比べられない。例え世界の平和を天秤にかけられても、僕は坊ちゃんをとります」
僕のキスを受けて、坊ちゃんは真っ赤になって顔を反らせた。
「そこまで言えとは言ってない」
僕は拗ねたように尖らせた坊ちゃんの唇に、もう一度キスをした。
「それに、僕はいつだって“その気”ですよ。最近はご無沙汰ですけど、それは坊ちゃんが先に寝てしまうから・・・」
坊ちゃんがまた赤くなって僕の口を手で塞いだ。
「坊ちゃん、もらったボンボンはもう全部食べてしまったんですか?」
僕が聞くと、坊ちゃんはポケットから一粒残っていたそれを取り出した。僕はそれを受け取って包みを開けると、自分の口に放り込んだ。カリッと甘いチョコレートを噛むと、中からウィスキーが溢れ出した。口の中にフワッとアルコールの香りが広がる。そのまま坊ちゃんの口に、口移しで流し込んだ。
「アージ」
そのまま何度も口づける。
「僕をその気にさせるなら、僕が食べないとダメなんじゃないですか?」
一箇所だったキスの場所を、散乱させる。
「酔わないお前には、食わすだけ・・・無駄」
強気な発言の語尾が掠れた。目が潤んでいるのはウィスキーの所為だけじゃない。僕は笑って坊ちゃんの服の中に手を差し込んだ。
「では僕は坊ちゃんをいただきます」
僕が唯一酔えるものだから。そう耳元で囁いて、溶けかけの坊ちゃんに口づけた。
楽天ブログでお付き合いさせて頂いている、ミツル。さんに頂きました〜♪
実はこれ、ミツル。さんちのヴァレンタイン企画です♪
高瀬がミツル。さんちのキャラである『坊ちゃん』にウイスキーボンボンを贈らせて頂きました♪
するとすると、ホワイトデーにこーんなステキなお話を頂いたのでしたvv
アージと坊ちゃんの本編は、『アージ2116』。
ミツル。さんのブログ『KAY←O-ノックアウト』にあります。
とてもステキなお話です♪ この機会にぜひぜひ♪
ミツル。さんvv ステキなお話をありがとうございましたvv