Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 白雪舞う 


 森の中に、一人のエルフが、空を見上げて立っていた。
 彼女の銀の髪は、地を愛している。
 けれどその澄んだ蒼い瞳が見るのは、天。
「イェルディジカ様・・・。」
 心配そうな、柔らかい声。
 けれど空は、泣き出しそうな表情を変えることはなかった。
 きっとこれから、寒くなる。
 彼女の何よりの心配事は、大切な王子が、風邪をひかないかという事だった。

 さて、その王子。
 美しい金の髪が、腰辺りで、かすかに動きを残していた。
 今、彼は、舞い終えた。
「おぉぉっ!!!」
 静寂の後、小さな広場が湧く。
 イェルディジカは、満足そうに微笑んで、美しく一礼した。

「お疲れ。」
 あちこちの客から声をかけられ、ようやく広場に戻って来たイェルディジカに、聞いているだけで腰が砕けそうな柔らかな声がかかる。
 その声に、イェルディジカは本当に嬉しそうに笑った。
「ヨリューシュこそ、お疲れ。」
 黒い髪は肩より長い。
 闇より深いその黒い瞳は、イェルディジカにとって、今、とても大切なもの。
 いや、今だけではない。
 七年も前から、ずっと大切なものなのだ。
 そして、ヨリューシュもそう思っている。
 ヨリューシュにとってイェルディジカは、大切な相棒。
 自分の音楽を愛してくれる、最高の舞い手。
 二人、いつも同じような事を思っている。
「・・・・・・今日も、成功かな。」
「でも、もっともっと高く、もっともっと深くへ、ヨリューシュも僕もいける。」
 ふふっと笑うイェルディジカの言葉に、ヨリューシュも頷く。
 そうして、片付けた彼だけの楽器を、大切に抱えた。
「「だから、行こう。」」
 そう。まだ、歩いていける。
 二人でくすっと笑って、彼らは人目を忍び、その街を後にした。

 しばらく、黙って歩いてゆく。
 二人に言葉など、必要ない。
 歩く時は静かに。イェルディジカは自然に声を傾けているし、ヨリューシュは微かな音もすべて自分のものにしていくから、すぐにそうなってしまった。
 たまにある会話も、とりとめのないものばかり。
 しかし、今日は違った。
「・・・雪が降るね。」
 イェルディジカの言葉を、ヨリューシュは聞き返した。
「雪?」
「知らない?」
 頷いた彼に、イェルディジカは困ったように首を傾げる。
 だが、説明はせずに、空を見上げた。
「アエリルドゥアが心配してるかな・・・?」
 いつものことだと、ヨリューシュは思う。
 いつもいつも、彼女はこの金髪のエルフを、心配しているだろう。何となく、心配したくなってしまうのだから。
 だが、そういうふうに彼が言う事は珍しかった。
「森に、帰るか?」
 だからそう言った。
 イェルディジカは驚いた顔をして、すぐに、碧の瞳を、嬉しそうに輝かせた。


 イェルディジカとヨリューシュの出会った森へは、けっこうあったはずだった。
 それでもイェルディジカが森に入って、しばらくすると、ヨリューシュが二度、来た事のある場所につく。
 一体どうなっているのか。
 気にならないことはなかったが、彼は相棒に問いはしなかった。
 エルフだから、きっといいのだ。
「はしゃいでるな・・・。」
 珍しいその様子に、ヨリューシュは苦笑する。
 けれど聞こえなかったのか、イェルディジカはにこにこ笑いながら、軽やかな足取りで慣れた道を進んでいた。

「アエリルドゥア。」
 木々を越え、葉が囲む白い場所。
 そこがアエリルドゥアの住処だ。
 イェルディジカが声をかけると、すぐに、その扉が開いた。
「イェルディジカ様!?」
 驚きに、彼女の顔が固まっている。
 くすっと笑ったイェルディジカは、「ただいま、アエリルドゥア。皆は元気?」と、言った。

 二人、話しているのを、ヨリューシュは何となくオヤジになった気分で見る。
 エルフという種族が、ある程度で年を取らなくなるのは知っていた。
 だが、まるで子供だ。
 普通、もっと静かで大人なイキモノなのだと思っていた幼少の夢は、とっくになくなったとはいえ、なんとなく違和感がある。
 しかも、今現在、ヨリューシュの存在は彼等の間に、ない。
 しかし、幸せそうな二人の表情を見ていると、まぁいいかと思ってしまうのも道理なのだが・・・
「・・・寒いと思わないか?」
 話し込んでいる二人に、暖かい場所の出で、家出してからも冬は暖かい地方に行っていたヨリューシュは、声をかけたのだった。

 話ははずみ、二人は夜半まで話していた。
 ヨリューシュは知らずのうちに寝入っていた。
「まったく、寝ていれば可愛いのに。」
 起きていたら、怒りそうなことを言うアエリルドゥアに、イェルディジカが微笑む。
「起きてたら、音楽に愛されてるから。」
 言外に起きていたほうがいいというイェルディジカに、一瞬、なんともいえない表情をしたアエリルドゥアだが、すぐに微笑む。
 イェルディジカが音楽を探していた事は、アエリルドゥアでなくとも知っていたから。
「でも、今日はどうしたんです?」
 柔らかな声で聞いたアエリルドゥアに、イェルディジカは幸せそうに微笑んだ。
「アエリルドゥアがいつも、雪の日に、僕を心配していてくれたから。」
「いつもいつも、心配していましたよ。」
 雪の日でなくても。
 心の中で付け加え、それでもアエリルドゥアは、会いにきてくれたイェルディジカに、最高の微笑みを返すのだった。

 翌朝。
 一番早く起きたのは、ヨリューシュである。
 そうして外を見て、瞳を疑った。
「・・・?」
 こすってみても、結果は変わらない。
 何があったのかわからずに、彼はその場で硬直していた。
 すると、イェルディジカが何時の間にか起きていて、ヨリューシュに言う。
「雪。白い、雨の結晶だよ。」
「これが、雪?」
 夜通し振りつづけていたのだろう。
 それは木々につもり、地を覆い隠していた。
 震える声のヨリューシュを外へ連れ出し、イェルディジカは雪を掴む。
「雪は冷たくて、柔らかい。恩恵だから、とても愛しいよ。」
 ヨリューシュも手を伸ばし、雪に触れる。
 それは冷たく、思わずその手をひっこめた。
 くすくすと、イェルディジカが笑う。
「冷たい?」
「あ・・・あぁ。」
 素直に返事をしたヨリューシュは、もう一度、手を伸ばす。
 そうして、今度は掴んだ。
「・・・水?」
「なんだと思ってたの?」
 溶けた雪を見て驚いたヨリューシュに、イェルディジカが笑って言う。
「雪は、水。水は雪。氷にもなるけど、雪になって、僕らに恵みをあたえてくれるんだ。」
「そう・・・なのか。」
 暫らくの間、そのまま、二人は立っていた。
 静かな朝の風景も、一面が白いと、何か、違う場所のように感じる。
 それこそ、二人が出会った時に、ヨリューシュが感じたのと同じように・・・。
 空が白む頃、ようやく、銀の髪の少女が二人の前に現れた。
「イェルディジカ様!風邪ひきます!早く、入ってきてください!!!」
 雪を踏んで外に出てきたアエリルドゥアに、イェルディジカが苦笑する。
 そうして、アエリルドゥアの手を握った。
「大丈夫。今は、まだね。」
「でもイェルディジカ様、よく、はしゃいで熱出したじゃないですか!」
 思わず、イェルディジカは天を仰ぐ。
 それは一体、何時の話なのだろう。
「・・・・・・アエリルドゥア、僕は、もう大人だよ?」
「それでも心配なんです!」
 いつものその二人の様子に、衝撃を受けていたヨリューシュにも、いつもの調子が戻って来た。
「ま、そりゃそうだよな。」
「あっ!ヨリューシュまで。ヨリューシュの方がはしゃいでいたじゃない。」
「仕方ないだろ、初めてなんだから。」
 既に、普通の様子に戻っていた。
 そうして三人は、また、アエリルドゥアの住処へ入ってゆく。
 白い雪だけが、彼らを見送っていた。

 そうして雪の中、歩くのは大変だということで、もう一泊。
 その日には、もう歩けるだけの道はできていた。
「また帰ってくるね、アエリルドゥア。」
「えぇ。」
 気丈な銀の少女が、涙を見せずに言う。
 先に歩き出したイェルディジカについていこうとしたヨリューシュは、少し考え、アエリルドゥアの耳元に囁いた。
「イールは鈍感だな。」
「えぇ!」
 思い切り頷いて、二人、笑う。
 なんとなく共犯者になった気分だった。
 それに気付いたイェルディジカが、首を傾げて止まっている。
 ヨリューシュは笑って、彼の隣りに立った。
「行こう。」
 雪の中、きっと彼女は、自分たちが見えなくなるまで立っている。
 そんな寒い思いをあまりさせたくなくて、ヨリューシュはイェルディジカを急かしたのだった。
 
 終わり。 



ステキなお話をありがとうございましたvv 飛翔さんvv
今回も高瀬の我が儘なリクにステキにお答え下さってvv
(注:高瀬のリク、「イール様」「雪」「幸せ」のキーワードでした。)
高瀬、最高に幸せですvv
相変わらず、麗しいエルフの王子、イール様vv
実はアエリルドゥアも好きだったりしますvv

自称ファンタジー書きの高瀬、実は“エルフ”が書けません(^^;
ファンタジーサイトなのに(苦笑)。
そうしてまた、飛翔さんにおねだりしてしまった…。

いつもいつも本当にありがとうございます。
飛翔さんのお陰で高瀬何とかやっております(^^)
またキリリク狙います(笑)>おい。

ステキなお話を本当にありがとうございましたvv