Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 エルフが住む森 


「イェルディジカ様!一体、どこをほっつき歩いていたんです!?」
 森の中にはいると同時に、高いけれどもきつくない、綺麗な声が怒鳴った。
 その突然の怒声に、二人はつい立ち止まる。
 二人のうち一人、肩までの黒髪が印象的な青年が、きょろきょろあたりを見回す。彼の手には、何かが大事そうに抱えられていた。
 彼の名を、ヨリューシュ。今をにぎわす、旅芸人の一人だ。
 そして彼の横にいるのは、美しい絹のような、金色の髪のエルフ。
 彼は、ヨリューシュとは違い、その碧眼をぱちくりとさせた。
 そうして、不思議そうに首を傾げる。
「イール?」
 そんな相棒の様子に、ヨリューシュが声をかける。
 美しいエルフは、首を滑らかに彼のほうへ向け、にっこりと微笑んだ。
「アエリルドゥアだ。」
「そのとおりです!!!」
 先ほど、怒鳴った声が響く。
 目の前で何かがポンッと弾け、ヨリューシュは瞳をつぶった。
 そして、瞳を開けたところにいたのは、地に着く程の銀髪をした、相棒と同じ種族の少女だった。


「まったくっ!いい加減にしてください!!!」
 アエリルドゥアと呼ばれたエルフの少女は、ぷんぷん怒りながらいう。
 金髪のエルフ、イェルディジカは、少し困ったように笑った。
「ごめん。」
 今、彼らがいる場所は、イェルディジカとヨリューシュの出逢った森。
 何となく、二人で行きたくなって、寄り道をしているのだ。
「ごめんじゃありません!どれだけ探したと思ってるんですか?!」
 アエリルドゥアは本当に怒っている。
 本当に困った様子で、イェルディジカはヨリューシュを見た。が、ヨリューシュは気付かないふりをして、アエリルドゥアがくれたお茶を飲む。
 恨めしそうな目で見てくるが、それすら気付かないふりをしておいた。
「ごめんってば・・・」
 イェルディジカはアエリルドゥアに、真剣に謝っている。
 だが、それでも怒りがなかなか抑えられないほど、アエリルドゥアは怒っていた。
「まったく!イェルディジカ様は立場を解かっていません!貴方がいなくなったら、私たちは路頭に迷います!」
 イェルディジカは、碧の瞳でアエリルドゥアを見る。アエリルドゥアはふんっとそっぽを向いて、言った。
「まぁ、百歩譲って、許してあげましょう。でも、条件があります。」
「なに?」
 ようやく怒りの攻撃から逃れられると思ったらしいイェルディジカは、にこにこ笑いながらアエリルドゥアに聞く。
 アエリルドゥアはにこっと笑い返し、その蒼い瞳でイェルディジカの碧の瞳を射抜いた。
「この森の皆の為、イェルディジカ様の最高の舞を見せてくださいね。」


 森の中、二人の出会った草原を見て、イェルディジカとヨリューシュは顔を見合わせる。
 そしてどちらからともなく、吹き出した。
「もう、六年だね。」
「そうだな。」

 イェルディジカの言葉に、ヨリューシュは頷く。そうして、その白い手を取った。
「感謝してるんだ、俺は。」
 優しくその手に口付けて、ヨリューシュは碧の瞳を覗く。
 イェルディジカは、黒い瞳を見つめ返し、嬉しそうにくすりと笑った。
「僕も、感謝してる。だって、ヨリューシュは音楽に愛されてる。」
「それって、俺が音楽に愛されてなきゃ感謝しないって事か・・・?」
 少し拗ねたように、ヨリューシュが言う。
 イェルディジカはくすくす笑って、白い手でヨリューシュの髪を引く。
「いててっ。」
「ばぁか。」
 黒い髪を離して、イェルディジカはぴょんと飛び跳ねる。風がそよいで、イェルディジカの腰まである長い髪をゆらす。
 金色が草原に舞う。
 天に愛された踊り子は、嬉しそうに笑った。
「ねぇ、弾いてよ。」
「そうだな。」
 ずっと持っていた楽器を出して、ヨリューシュは弦を爪弾く。
 澄んだ音が響き渡る。
 そうして、唐突に曲が始まった。
 合図も何もないはずなのに、イェルディジカは同時に舞う。
 大気に溶け込む音色と、輝くばかりの舞。
 この場所ほど、彼らの魅力を引き出させる場所はなかった。
 二人は世界に入り込む。
 だから、アエリルドゥアがきたことも、森のほかの動物達がきたことも、まったく気付かなかった。
 そうして、休息が訪れると、二人の旅芸人に、森の木々が葉を鳴らした。
 動物達も、それぞれに彼らを褒め称える。
「イェルディジカ様・・・」
 アエリルドゥアの蒼い瞳は、うるんでいた。
 イェルディジカが気付いて、アエリルドゥアの傍に行く。
 アエリルドゥアは涙を拭くと、にっこりと笑ってみせた。
「イェルディジカ様は、もう、彼なしでは舞うことはできないんですね。」
「うん。」
 嬉しそうに、イェルディジカが言う。
 するとアエリルドゥアはくしゃっと顔を歪ませて、ヨリューシュの方に近付いた。
「イェルディジカ様を、お願いします。」
 頭を下げたアエリルドゥアに、ヨリューシュは困ってしまう。
 黒い瞳の先、頭を上げた蒼い瞳が、また潤んできていた。
「私たちにとって、イェルディジカ様はとても大切な方ですから。」
「アエリルドゥア、言わないで。」
 イェルディジカが、すぐに割って入る。少し焦った様子に、ヨリューシュは首を横に振った。
「イール?隠し事はなしだろ?」
「隠し事じゃないよ。」
 イェルディジカは困ってそう答える。
 アエリルドゥアが、ヨリューシュに向き直った。
「私が言います。イェルディジカ様は・・・」
 イェルディジカがとめようとアエリルドゥアを見る。
 だが、アエリルドゥアが口を開くほうが、イェルディジカの声よりも早かった。
「イェルディジカ様は、この森の王。つまり、私たちエルフの、大切な王子なのです。」
 ヨリューシュが固まる。イェルディジカは、うぅぅと唸るように、下を向いていた。
「・・・・・・・・・・・・王子?」
 しばらく呆然として、ヨリューシュが口を開く。
 アエリルドゥアは頷くと、逃げようとしていたイェルディジカを捕まえた。
「逃がしませんよ、イェルディジカ様。私たちに何もいわず出て行ったバツです。」
「アエリルドゥア、離して。」
「いいえ。離しません。」
 二人で言い争っていると、ようやくヨリューシュが我を取り戻す。そうして、イェルディジカの頭を、ばんっと叩いた。
 びくっとして、イェルディジカが後ろに下がろうとする。だが、アエリルドゥアに阻まれているのだから動けない。
「充分に隠し事だよなぁ・・・」
 にっこり笑うヨリューシュの額には、青筋が浮かび上がっている。
 イェルディジカは、久々に見たヨリューシュの怒り顔に、たじたじになっている。
 その矛先が自分に向かっているのだ。
 滅多に怒りが爆発しないヨリューシュだからこそ、怒った時が恐ろしい。
 恨めしそうにアエリルドゥアを見ると、彼女はふんっとそっぽを向いていった。
「これくらい、当然の事です。」
「もう一度旅に出ようか、イール。」
 ヨリューシュはにっこり笑って、イェルディジカを手招きした。
 観念して、イェルディジカはヨリューシュの前に立って、こくんと頷いた。
 にっこり笑って愛想の良いヨリューシュが、事実、イェルディジカにもアエリルドゥアにも恐ろしく感じられた。


 そして翌日。
 朝早い時間に、ヨリューシュとイェルディジカは森を出た。
 アエリルドゥアはまだ起きていない。
「いいのか?」
 ヨリューシュが聞くと、イェルディジカは金の髪を散らしながら、にっこり笑った。
「いいよ。いつでも帰って来れるから。」
「そうか。」
 ヨリューシュも笑う。
 だが、森を出る時に、その笑顔が曲者だったと、イェルディジカは思い知る事になる。


「イェルディジカ様!また、何も言わずに出て行くつもりだったんですね。」
 そう言って、目の前に出てきたのは、銀髪のエルフの少女。
 イェルディジカが驚いて、呆然とする。
「・・・アエリルドゥア?」
「そうですよ!私以外の誰に見えます?!」
 腰に手をやって、アエリルドゥアは怒っている。
 そして、イェルディジカの手を取った。
「イェルディジカ様。どうか、お気をつけて。」
 真面目な表情で、アエリルドゥアは白い手に口づける。そして、すぐに身体を離して、ヨリューシュに向かって微笑んだ。
「それでは。」
 それだけ言うと、アエリルドゥアは森の中に消えてしまう。
 ヨリューシュは、自分の手を見つめるイェルディジカを見て、彼の背の高さまで腰を落とした。
「イール。」
 イェルディジカがはっとして、ヨリューシュを見つめる。碧の瞳を見つめながら、ヨリューシュは顔を近づけた。
「!!」
 驚いたイェルディジカからすぐに離れて、ヨリューシュはくすくす笑い出す。
 そうして言った。
「ま、俺はこいつを相棒としか見てないから、こいつの恋人の場所は残ってるぞ。」
 森のほうで、がさっという音がする。きっと、アエリルドゥアがいたのだろう。
 ヨリューシュはまた笑うと、イェルディジカの頭をぽんぽん叩いた。
「ほら、行こう。」
「・・・うん。」
 釈然としないながらも、イェルディジカは頷いて、ヨリューシュの後をついていった。


 彼らが森から見えなくなると、アエリルドゥアが木陰から出てきた。
 彼女の頬は真っ赤に染まっている。
(いつ気付いたんだろ・・・鈍感そうなのに・・・・・・)
 自分を挑発するかのように・・・いや、きっとイェルディジカを挑発したのだろうが・・・彼は、キスをした。
 口唇に触れるかと思われた口唇は、頬に触れるだけだったけれど。
 アエリルドゥアはイェルディジカとヨリューシュの行った方向を睨んで、くるっと後ろを向いた。
「さて、イェルディジカ様がいなくなったんだから大変になる。」
 そう言うと、彼女は森の中に消えていった。


 次に彼らが会うのはいつか、まだ誰も知らない。
 今、わかっていることは、そのいつかが確実に訪れる事だけ・・・。


   END



飛翔さんvv ステキなお話をありがとうございましたvv
名前がつきましたねvv 
ヨリューシュがイェルディジカ様(舌を噛みそうです(^^;)を「イール?」と呼んでいるシーンが好きですvv
アエリルドゥアもいい味出してますね〜。わお、エルフの娘だ〜vv
高瀬、エルフを書くのは苦手です…。で、飛翔さんにお願いしたわけですけど(こら)。
前作に続き、とてもステキなお話vv 本当にありがとうございました。
この二人には、これからもずっと一緒にいて欲しいなぁ。