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誰かを想うとき、涙が零れる――。
この気持ちは、何なのだろう……。
白い雲が、夕陽の色に染まっていく。鳥たちが、羽を広げて空を舞っていた。
「……家に帰るのかな……?」
飛ぶ鳥たちを瞳に映しそう声にしてみて、ハイネは胸が痛むのを感じた。
陽が暮れる。帰らなくてはならない。
そのことはハイネにも良く判っていた。
でも、
「王城が……、遠くなっちゃった……」
遠く霞むラストア王城を一瞥し、それとは逆の方向へとハイネは空を駆った。広げた真っ白な翼が夕陽色に染まる。
ラストア王国は、緑豊かな国である。国土のあちこちに深い森が存在する。
空を駆るハイネの眼下にも一際大きな森が広がっていた。その中に湖があった。
少し考えて翼を広げると、ハイネはその湖の辺に降り立った。風を受け、湖面が細波を立てる。
湖面に映るのは、真っ白な長い毛で覆われ、大きな翼を持つ生き物の姿――。ガリル王国に棲息する風竜、それがハイネの真の姿であった。
「……人型」
消え入るような声でそう呟いて、ハイネは1つ溜め息を落とした。
湖面に映る風竜の姿が変化していく。
1頭の竜の姿から、1人の若い青年の姿へと――。
「……綺麗な黒髪」
ハイネの言葉どおり、艶のある長い黒髪はとても見事だった。目尻が流れた切れ長の薄紫色の瞳も、美しいと言わざるを得ないだろう。
「でも……っ」
薄紫色のその瞳から、涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「ふっ……、っ、……うっ」
一度堰を切ってしまった涙は、抑えることは出来ない。
ハイネはその場に崩れるように膝を落とした。下草の上についた両手に涙の雫が降り注ぐ。
「うっ、……あっ、……ひっく」
森の静寂の中、ハイネの泣きじゃくる声だけが響き渡った。
「……お前、そんなに泣いてばかりいると、瞳が溶けて無くなってしまうぞ」
それは、よく響く低音の美声だった。
あまりの驚きに、ハイネは息を呑んだ。ほんの一瞬だが、呼吸すら忘れるほどの驚きだった。それもそのはず、ハイネが上空から見下ろした限りでは、まわりに人里など見当たらなかった。今いる場所は、点在する人里からはかなり離れた、秘境と言ってもいいくらいの巨大な森の中である。
ここならば、いくら泣いても誰にも聞かれないと、ハイネはそう思っていたのだ。
背の高い青年だった。
木々の間を擦り抜ける風が、その青年の褐色の髪を揺らしていた。
真っ直ぐにハイネを見下ろした漆黒の瞳が、見上げるハイネの薄紫色の瞳とぶつかる。
その瞬間、どくん、と、鼓動が高鳴るのを、ハイネは感じた。
身体の奥から湧き上がってくる感覚――。
それが何なのか、ハイネは本能で察していた。
身体中が渇望している。
抱いて欲しい――。
それが、風竜の性なのだ。
絡み合う視線を外せないまま、ハイネは細いその腕を青年へと伸ばしていた。そうして、華奢な指先が青年の外套に辿り着くと、ハイネは掠れた吐息を零した。
「抱いて、下さいませ……」
乾いた喉の奥からその声が零れた瞬間、ハイネは我に返った。掴んだ外套を慌てて離すと、その場に両手をついてひれ伏す。
「……どうか、お忘れ下さいませ」
小さな声でそう告げて、ハイネは許しを請うた。だが、青年に立ち去る気配はない。
「我が名はエン。ラストア王国の、炎竜……」
良く通るその声で名乗りを上げ、その青年エンはハイネの傍らに片膝をついた。そのまま、大きなその手でハイネの下顎を掴んで、上を向かせる。逆らうことも出来ず、ハイネは幾分青褪めた面を上げた。
その青年が人間ではないことには、ハイネ自身もすぐに気付いていた。姿形は人間のそれと同じでも、纏う空気が異なっていた。だが、まさか、炎竜だとは考えていなかった。自分が仕出かしてしまった罪深い行動を思い、ハイネの身体はカタカタと震えていた。
それでも名乗りを上げない訳にはいかない。震える声で、ハイネは名を告げた。
「……ハイネ、と申します。ガリル……、んッ!」
だが、その声は、途中で途切れる。
下顎を抑え付けたまま、エンが唇を重ねてきたのだ。
「い、やっ!」
薄紫色の瞳を見開いて、ハイネは身体を捩った。
何とか後退ろうとするハイネの後頭部をエンのもう一方の手が捉える。そのまま艶やかな黒髪に指を絡めながら、エンはもう一度ハイネの薄い唇に自らの唇を重ねた。
「んッ! ……んんッ!!」
ハイネの両頬を抑えて歯列を割らせ、エンは舌を滑り込ませた。怯えるハイネの舌を引き摺り出し、絡め取って更に深く口付けていく。
「……んッ、……ッ、は、……あッ、あ……ッ」
ハイネの口端から唾液が零れ落ちた。口付けの合間に上がるハイネの吐息が艶を帯びていく。
突然、ハイネの身体から力が抜ける。崩れ落ちてくる華奢なその身体を両腕で受け止め、エンは下草の上に押し倒した。
「抱くぞ」
短くそう宣言して、エンの指が衣服を肌蹴ていく。
「いや、あっ……、お、お許し、下さい……ッ!」
両手足をばたばたさせながら、ハイネは声を上げた。
エンの下から身体を滑らせて逃れようと試みた時、ハイネの手がぴちゃり、と何かに触れた。それが水であること、この場所が湖の傍であったことに思い至り、ハイネは片手を上げた。そのまま瞳を伏せ、本能に刻まれた古の言葉を紡ごうとして、ハイネが動きを止める。一瞬遅れて、ハイネの腕はぱたりと地面に落ちた。
「……えっ? な、に……?」
全身から力という力が失われていくのを感じ、ハイネは恐怖に捉われた。指先から段々と熱が奪われていくのが判った。
ハイネの脳裏に、『死』という文字が浮かび上がる。
「お前、死にたいのか?」
1つ溜め息を落として、エンはそう尋ねた。
「お前の主は馬鹿か? こんなになるまで何故お前を放っておく?」
「……我が主を、悪く、おっしゃらないで、下さい……」
かろうじてそう声にして、ハイネはエンを見上げた。その薄紫色の瞳から涙が一筋だけ零れ落ちた。
死期が近いことは、ハイネ自身何となく判っていた。だから、少しでも遠くへと飛びたかったのかも知れない。
愛し愛されることが風竜の性ならば、愛されないことは存在そのものを否定することを意味するのだろう。
「我が主は、私を、大切に想って下さっています……」
だから、我が主以外に想いを寄せている自分を抱いて下さらない、そのことは、ハイネも良く知っていた。だから、ハイネも『抱いて欲しい』と口にすることは出来なかった。
「ならば、フリードリヒに言えば良いだろう? あいつのことだ、断れんはずだ」
「それも、判っています……」
生まれ落ちた最初の日、ハイネは身近にある最も温かで優しい気配を探した。そうして、辿り着いたのがラストア王国第2王子であるフリードリヒだった。卵の中にいた自分に優しく問い掛けてきた声だとそう思った。だから、フリードリヒの望む人の姿を、自分の『人型』として決めた。後になって、主を間違えたことに気付いたが、最早取り返しはつかなかった。
その夜、フリードリヒを想って涙を流すハイネをフリードリヒの元へやったのは、主であるトウ王太子本人だった。トウ王太子は、ハイネの一度きりの我が侭を受け入れた。そして、突然現れたハイネを、フリードリヒは優しく抱いた。
「……でも、あの方が、想う相手は、私では、ない。……私は、誰の、お役にも、立てない……っ」
そう告げたハイネの瞳から、次々と涙が零れ落ちた。
色を失くした唇から漏れる途切れがちの息は、次第に途切れ始めていく。
眉を寄せる端正な顔は、すっかり血の気を失くしていた。
「よい。もう話すな」
そう告げて、エンはハイネの冷たい肌に触れた。触れた箇所にだけ一瞬生気が宿る。
「……ッ、嫌です……ッ! 我が主を、裏切って、しまう……ッ! だめ……ッ、」
微かに指を動かし、エンの服の端を掴んで、ハイネはそう懇願した。
だが、
「黙れ。無理矢理にでも抱いてやる」
そう宣言し、エンは性急に指を動かし始めた。
「い、や……、あ……ッ! あ、あ、お願い……ッ!」
掠れた声を上げ、ハイネは小さく首を振った。
抵抗しようにも、今のハイネには最早指1本満足には動かせなかった。
「は、あ……ッ、ん……ッ! あ!!」
エンの指が下帯を外して、ハイネ自身に触れる。ぞくり、と背筋に何かが走るのを感じて、ハイネは身を竦めた。
「あ、あ、嫌……、だ、だめ……ぇ、あ、あ、ああッ!」
エンの指腹が、ハイネ自身を何度も掻き上げた。舌が、ハイネ自身の先端をそっと舐め、根元へと蠢いていく。あっという間に限界近くまで上り詰め、ハイネは身体を強張らせた。
「ハイネ」
低音の美声が、ハイネの名を呼んだ。
「いや……ぁ、あ、あ、あ、……だめ……ッ!!」
その声に導かれるように、ハイネは終に精を放った。
「いい子だ」
白濁した液を掬い取りながら、エンはハイネの顔へと視線を向けた。
荒い呼吸ではあったが、先程までと比べるとかなりしっかりした呼吸になってきている。蒼白していた頬も、ほんのり赤く上気していた。
その様子に一先ず安堵の息を落として、エンは次の行動を開始した。ハイネが放った精液を潤滑剤に、後蕾へと指を滑らせていく。
「え……っ? なに、を、なさって……、あ、やぁッ!」
ぬるり、と体内に滑り込んできた指の感覚に、ハイネは声を上げた。
同時に、先程まで冷え切っていた全身の感覚が、次第に戻り始めているのをハイネは感じていた。そうなると、今度は身体中が熱くてどうにかなりそうだった。身体が疼き始める。
指の動きが、もどかしい――。
「あ、あ、あ、……ん、あ、」
主を裏切ってはならない。頭の何処かでは判っているのに、いつしか腰を揺らめかせハイネは快楽を追い求めようとしていた。
「んッ、あ、……え?」
突然エンの指が引き抜かれていく。
「どう、して……?」
ハイネの声が震えた。
身体の奥が疼く。
だが、それ以上に別のところが痛んだ。
やはり、必要とはされないのだ……。
こんな、厄介者は……。
涙がつぅっと流れた。それを見られたくなくて、両手で顔を覆う。
「どうしてほしい?」
静かな声が問い掛けてくる。
「何故だろうな。俺はお前を抱きたいと思う。愛してやりたいとそう思う」
「……それは、どういう……?」
「お前は?」
そう告げられ、鼓動がどくん、と跳ねた。
次第に速くなる鼓動に、ハイネは激しく狼狽した。
それは、主であるトウ王太子を想うときとも、フリードリヒ王子を想うときとも、違う感覚だった。
「……あなたが欲しい、そう思ってしまうのは、過ちでしょうか……?」
震える声が、そう答えた。
「上等だ」
エンがにっと笑う。
「愛してやる」
その言葉に、ハイネは高鳴る胸をそっと抑えて微笑んだ。
エンの指が動きを再開する。
「挿入るぞ」
上がる吐息の向こうからそう告げられ、ハイネはこくりと頷いた。
耳朶を染め、自らの両膝を抱える。そして、脚を拡げ、エンを迎え入れる準備を整えた。
「どうぞ、いらして、下さい……、」
熱を帯びたその声が、エンを呼んだ。
片手でハイネの白い内腿を掴み、エンが身体を進める。
「……あうッ、……んッ! あ、あ、あぁ……ッ、」
炎竜の名の如く、熱い塊がハイネを内から侵食した。溶けてしまいそうなその感覚にハイネが細い身体を震わせる。
「あ、あ……、いい……ッ、すごく、……熱い……ッ、」
風竜の性なのか、ハイネの中は貪欲にエンを求めた。
「あ、あ、もっと……ッ、あ、入って……ッ、入って……!」
ハイネの身体がもどかしさに震える。両手が必死にエンを引き寄せる。
「……奥へ行くぞ」
奥へ奥へと誘おうとするハイネの身体を理解し、細いその身体を押し曲げるようにして、エンはハイネの最奥を突き上げた。
「ああぁ……ッ! いい……ッ、いい、」
歓喜とともにハイネの中がエンをきつく締め付ける。不規則な間隔を持って収縮を繰り返すその器官に、エンもまた熱い吐息を落とした。
「ああ、いい。お前の中は、とてもいい……」
「……ほん、と? それ、ほんと?」
エンの言葉に、幼子のようにハイネは頬を紅潮させた。
「嬉しい……、」
綺麗な薄紫色の瞳から、涙がぽろぽろと零れていく。
「もう泣くな。俺が愛してやる」
そう告げ、エンは腕を伸ばしてハイネの涙を拭った。
「……もういいか? そろそろ動くぞ」
その言葉に、ハイネがまたこくりと頷く。
「いい子だ」
ハイネの返事にふ、と笑みを浮かべ、エンはゆっくりと慎重に腰を引いた。内壁を擦られたその途端、ハイネの中にぞくぞく、と何かが駆け上がる。
「あ、あ……ッ!」
追い掛けるようにハイネが締め付けを強くする。
「いや、いや……ッ! 行かないで……ッ! 出ないで……ッ!」
「……馬鹿。出るわけないだろう」
そう苦笑し、エンはぎりぎりまで引き抜いた自分自身を再度ゆっくりとハイネの中に埋めた。
再び圧迫感がハイネに与えられる。
「あ、あ……ッ、あ、とても……、すごく……ッ、あ、あ、ん、んんッ!」
奥の奥までぐぐっと挿入られ、ハイネの身体が蕩け落ちた。それなのに、エンの存在を感じるその場所だけはきゅうっと収縮を増していく。
心地よいその締め付けを感じながら、エンはまた腰を引いた。
「やだ……ッ!!」
「出ないって言ってるだろう?」
今度は浅い動きを繰り返していく。
少しだけ引いてまた押し入る。ゆっくりと何度も何度も繰り返し、そして時折ぐっと奥まで突き上げる。
「はッ、あ、あ、あ……ッ、……だめ……、もう、だめ……ッ、無理、無理……ッ、あ、あッ!」
「まだまだだ」
戦慄くハイネの身体を抑え付け、エンがそう宣言する。
「愛してやるって言ったろ?」
身体を折り曲げ、ハイネの耳元でそう告げると、エンは少しだけ激しさを増した動きを繰り返した。
「あ、あ、あ、……んッ、……も、だめ……ッ、だめ、だめッ、あ、あ……ッ、イク……ッ、あ、あ、」
「イケよ」
許可と同時にエンがぐぐっと最奥を突き上げる。続け様に2度突き上げられ、ハイネは身体を震わせて絶頂を迎えた。
「……はぁ……ッ、あ、」
吐息を落とすと同時に、中にエンの存在を感じた。
身体がぞく、と震える。
「ま、風竜だからな、お前は」
覚悟はしている、とそう付け足して、エンはゆっくりとハイネの中に弧を描いた。ハイネの変化を確認しながら、ハイネの中に自分を刻み込ませていく。
「一生愛してやるって言っただろ。何度でも付き合ってやる」
低音の美声でそう囁かれ、ハイネは頬を染めた。
結局、夜が明けるまで、呆れるくらい何度も身体を繋いだ。
不思議なことに身体を合わせるごとに、互いの気持ちが高ぶっていくのが判った。
「……この姿で、良かった」
エンの腕の中、白んでいく東の空を見つめながら、ハイネはぽつりとそう呟いた。
「今でも我が主には申し訳ない気持ちでいっぱいです……。でももし我が主の望む姿を選んでいたら、我が主に大事にされ、そのことを疑問に思わず、ただお役目を果たそうとしていたと思います」
木々を渡る風が、そう呟くハイネの黒髪を揺らめかせていく。
「この姿になったお陰で、たくさんのことを知ることができました。我が主がどれだけ私のことを大切に思って下さっているかも……。フリードリヒ様のような素晴らしい方にも巡り会えました。あの方から、愛とはどういうものかを教わったような気がします。そして、」
空から視線を外し、ハイネはその薄紫色の瞳をエンに向けた。
「……あれ? やっぱり、変だ……」
涙が、ぽろぽろと零れ出す。
「あなたを想うと、涙が止まらない……。哀しいわけじゃないのです。どうしてかな?」
「嬉しくて、零れる涙もある」
「嬉しい……?」
そう反復して、ハイネは涙を溜めた綺麗な笑顔を見せた。
「そう。あなたに出会えて、あなたを愛せて、ハイネは幸せです」
そう告げる声が、澄んだ空気の中、響いた。
あなたを想うとき、涙が零れる――。
それは、きっと、幸せの証拠。
……Fin.