Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 雷が鳴ったら 


 押し倒してぇ……。

 思わず湧き上がる欲情を、それでも何とか声にすることだけは堪えた。目の前にあるのは、隊服に身を包んだレイチェルの後ろ姿だ。凛とした様で窓辺に立ち、空の様子を気にしている。
「崩れそうだな……」
 そんな鈴の音が聞こえたが、天気なんて知ったことか。外に視線を向けるつもりなんてこれっぽっちもなかった。何たって、隊服の下に隠されているレイチェルの身体のラインを想像するのに忙しいのだ。

 想像の中で裸に剥いたレイチェルが、昨夜の姿と重なる。

 俺を欲しがって、鈴の声が上ずる。俺の腕の中で、細い腰が揺らいだ。
 騎乗位で身体を繋ぐと、敏感な身体は貪欲に俺を求めながら、レイチェルは恥ずかしそうに視線を落とした。その視線の先で、俺の胸に置いた細い指先が戦慄いた。嬌声が上がる。アッシュブロンドが乱れる。その瞬間、熱に浮かされた薄紫色の瞳が、俺を見た。

「……聞いているのか? キース」
 その声に、思わず零れ掛けた涎をぐいっと拭って、俺は瞬いた。
「あ、ああ、いい天気だな」
 だから、天気なんてどうでもいいんだが。それよりも何よりも、もう限界だ。
 振り返ったレイチェルが溜め息を落とすのが見えた。窓枠に掛けたその手を掴んで、美しい身体を窓から奪うと、俺は強引に口付けた。呼吸すら許さない乱暴な口付けに、レイチェルがどんな表情をしているか何て容易に想像できたが、加減してやる余裕は最早これっぽっちもなかった。
「これから当直、なんだが……」
「んなこと知っている。だから来たんだろ?」
 第1班から3班まで各2名ずつ、合計6名が今夜の当直だ。まあまず何事もないのだが、有事に備えて王城内を警備する。当直の割り当てを決めるのは各小隊長だが、最終決定権は騎士隊長であるレイチェルの父親にあった。でもって、レイチェルとの関係が表沙汰になってからは優遇どころか、一度たりとも一緒に組ませてもらってないのが事実である。

 あのくそ親父め……。

 心の中で悪態を吐いておく。当直の日は、当日と翌日の昼の勤務が免除されるから下手をすると2日近くレイチェルと会えなくなるのだ。文句を言ってもいいだろう。

 だが、良いこともある。
 昨夜のレイチェルを思い出して、俺の口元は緩んだ。
 無意識だろうが、当直前夜のレイチェルは堪らないほどに可愛い。もともと寂しがり屋なその両手で何度も俺を求めてくる。調子に乗って少々無理な体位を強いても、必死に応えようとしてくるのだ。

 あ、いかん。また涎出て来た……。

 もう一度ぐいっと口元を拭うと、部屋の中央にある大きな机が目に入った。

 いいもの見っけ……。

「何、する……?」
 手首を掴み、引き摺るように机の元に連れて行くと、レイチェルが声を上げた。その問い掛けには、ふふ、と笑みで答え、俺はレイチェルの身体をその机に押し付けた。
「頑張って支えてろよ」
 机の上に両手を付いた格好になったレイチェルの腰を掴み、背後から隊服を脱がせに掛かる。
「キ、キース……っ、やめ……っ、あ、」
 身を捩るその身体を抑え込んで、目の前の白い項を貪ると、レイチェルの喉から声が漏れた。
「誘ってるようにしか聞こえねぇよ」
「あ、ああ……っ、」
 腰紐を解き、レイチェルの前に手を滑り込ませると、敏感な身体は既に十分反応を見せていた。
「楽にしておいてやんねぇとな」
 当直前のレイチェルの身体を貪ることにほんの少しばかりの罪悪感があったが、
「それが恋人の務めってぇもんだろ」
 正当な理由を見つけ、心行くまで堪能することを決め込んで、俺はいそいそと隊服を剥がしに掛かった。

 隊服を脱がせるのは大好きである。

 肩に引っ掛けるだけの俺と違って、レイチェルはいつも過ぎるほどにきっちりと隊服を着込んでいる。その隊服を肌蹴させたレイチェルの姿はこの上なく扇情的だ。だから、全部は脱がさない。途中まで釦を外して片方の肩を晒させ、捲し上げた箇所から細い腰を少しだけ覗かせる。そうしてズボンから抜いた片脚だけを折り曲げて……。

「……は、あ……っ、」

 ああ、理想的。

 目の前に完成したレイチェルの乱れ姿に惚れ惚れしながら、そうしておそらくは無意識だろうが、その姿をより完璧に演出するレイチェルの吐息に感嘆して、俺は大きく頷いた。

 時間はまだ十分ある。付け加えるなら、ここは、レイチェルの私室である。

 先日、第3隊の副隊長に昇進したレイチェルは、他の小隊長や副隊長と同様に城内に個人用の執務室が与えられたのだ。そのことに内心ほくそえんだ俺の目的はもちろん、城内で堂々とヤることである。それがこうも早く実現するとは。

 まるで信仰していない何処かの神に感謝しつつ、その時初めて俺は、机の上が整然と片付いていることに気付いた。

『夕方、早めに出勤する。溜まっている書類があるから』
 今朝のレイチェルの台詞を思い出す。
 別れ難くて明け方近くまで無理させた身体を、それでも寝台から起こして来て、ほんの少し視線を伏せながら告げられた台詞だ。

 そういうことか。

 本当は書類なんてないのだ。レイチェルは俺に会いたいから早めに出勤してきたのだ。しかも、こんなに早く……。

 って、そういうことか。

「……誘ってくれてんのか」
 俺の呟きに、肌蹴た白い肌が朱に染まる。

 ああ、畜生。可愛い……!

 その時だった。
 いつの間にか暗くなっていた夕焼け空が、一瞬明るく光った。稲光だ。次いで雷鳴が轟いた。
 レイチェルの身体がびくん、と強張った。
「……レイ?」
 もしかして、雷が怖いのか? だから、空模様を気にしてたのか。

 可愛いなー、もう!

 強張る背中を包み込むようにそっと抱き締める。
 優しく優しく抱いてやろう。雷を怖がって震える身体を少しずつ開いて、身体を繋いで安心させてやるから。怯えるレイの中はきっと……。

 だめだ、涎が止まりそうにない。

「キース、」
 レイチェルの声だ。

 怖がって、甘えて……って声じゃねぇな。

 ……何だ。

 小さく舌打ちしながら、それでも隊服を肌蹴たレイチェルが目の前にいるのだ、っておい、何、服直してんだ。

「雷だ。止めておいた方がいい」
「止められるかよ」
 雷がどうだってんだ。こうなりゃ意地でもヤってやる。

 隊服を整えようとする手を机に抑え込み、残ったもう片方の手で攻防戦を繰り広げる。
「あ……、」
 細腰を撫で上げると、レイチェルの膝がかくん、と崩れた。
 俺の勝ちだ。
 勝利を確信したその時だった。

「レイ!」
「レイ兄さん!」
「レイチェル!」
 よく似た3つの声と同時に、その扉が開かれた。

 恐ろしいくらいに空気が静まり返る。
 この手、どうしたらいいんだろう。

「……だから、寄せと言ったんだ」
 ぼやくレイチェルの声が何だか遠くに聞こえる。その代わりに、
「「「貴様!」」」
 そう怒鳴る3重の声が近くに聞こえた。

    ……おしまい。




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