Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 明けない夜 


 「……何が可笑しい?」
 不意にくすくす笑い続けるロイの様子に、男は不審そうにロイの顔を覗き込んだ。そして覗き込んだ視線の先にある恐ろしい程端正なその美貌に、男はごくりと息を呑んだ。
 薄暗い閨の中でも、ロイのその容貌は際立って見える。伏せがちな美しい青灰色の双眸も、吹き込む風にさらさら音立てる黒髪も、絹のように滑らかな白い肌も、その何もかもが見事な調和を見せて、完璧なる美を演出しているようであった。
 誘われるままに、この美しい身体を掻き抱いたのは、つい先程のことだというのに、目の前でしどけなく上体だけを起こしたロイのその姿に、男の中の雄の部分が再び頭をもたげ始める。一度湧き上がった欲望を抑えることは最早困難であるかのように思えた。ごくりと生唾を嚥下すると、男は再びロイの痩身を捕まえた。そのまま寝台に押し倒す。すると寝乱れた格好のままのロイがまた、くすくすと笑みを零した。

「……何故笑う?」
 男に組み敷かれた格好で、尚もくすくす笑い続けるロイに、ほんの少し苛立ちを含んだ男の声が問い掛ける。その声に、細めていた青灰色の瞳を開き、その美しすぎる双眸に男の姿を映して、ロイはもう一度くすりと笑みを零した。
 そうして、
「お前が、『幸せにしたい』なんて言うからさ」
 あまり抑揚のない静かな声で、ロイはそう答えた。
「……それの何処が可笑しい?」
 男の声が、更に苛立ちを含む。
「幸せになどならないからさ」
「……何故?」
「そう決めた」
「……どういうことだ?」
 男の問いにはそれ以上答えず、少し開いた窓から吹き込む風に舞う黒髪を、ロイは気だるそうに払った。そして両肩を抑え付けたままの男の腕に手を添え、やんわりと押し退けようと試みるが、男の頑強な力に難なく阻まれる。
 どうやら放すつもりはないらしい。
 あっさりと抗うことを止め、そのままの体勢でロイは小さく溜め息を零した。
 無骨な指が、ロイの艶やかな肌の上を這い始める。

「ロイ、傍にいてくれ」
「断る」
「……お前がいてくれるというのなら、他には何もいらない。お前の望むものは何でも叶えてやる。だから……」
「望むもの……?」
 青灰色の瞳を開いて男を見、ロイはまたくすりと苦笑した。
そして、
「断る。俺は決して幸せにはならない」
 静かな、それでいて何処か反論を許さない響きをもってそう言い放つと、全てを拒絶するかのようにロイは青灰色の瞳を伏せた。

 今となっては、遠く霞んでしまった、幸福な時間に思いを馳せる。

 『アルフに生きていて欲しい』
 そのたった1つの望みを捨てることは出来なかった。
 そしてアルフを不幸に追いやり、置き去りにして、祖国を捨てた。
 何よりも大切にしたかった、あの笑顔を失わせた。
 だから、償わなくてはならない。
 忘れてはならない。
 決して幸せになどならない。

 ただ、刻(とき)というものは、時として残酷なものでもある。
 生き続ける代償に、身体の傷だけでなく、心の傷さえも癒そうとしていく。
 そのことが何より辛かった。
 それでも、自分は生き続けなければならない。
 『アルフに生きていて欲しい』
 そのたった1つの自分の望みのために――。

 ロイは閉ざしていた瞳をゆっくりと開いた。
 そして一際冷酷な色を浮かべ、ロイは優しい愛撫を続ける男を見下ろした。
「お前といて俺が幸せになることは決してない。今までも、これからも、決して」
 それは、甘い吐息でもなく、艶やかな喘ぎでもなく、計算された淡々とした声であった。

 そうすることで、男の中の怒りを増幅させるように。
 先程から、ぎこちない優しさを伝えようとしてくる無骨な指先が、残虐な支配者のそれに変わるように。
 ロイはそう切なる願いを込めた。

 怒りを含んだ男の瞳の奥に、残虐さが見え隠れする。
 程なくして羽織っただけの肌着を乱暴に引き剥がされ、ロイはやっと安堵の息を吐いた。
 男がロイのしなやかな下腿を開いていく。
 幾度となく繰り返され、それでいて未だどうしても慣れることの出来ないその行為に、ロイはほんの一瞬だけ息を詰め、そうして青灰色の瞳を伏せた。男の行為を拒絶するかのように瞳だけを固く閉ざし、対照に自ら脚を開いて捻じ込まれる男のものを全て受け入れていく。
「はぁ……っ、あ……っ……」
 形の良い唇から、苦痛の色を帯びた吐息が漏れた。
 その声が男の中の何かを刺激したのだろう。瞳を伏せたままのロイの耳に、男がごくりと唾を嚥下する音が聞こえた。と同時に、背中を突き上げる激しい痛みに襲われる。ロイの中に自分自身を出来るだけ深く刻みつけようと激しく突き上げ始めた男の行為にかろうじて呼吸を合わせながら、次第に薄れていく意識に安堵し、ロイは心の奥で苦笑した。

「ロイ……っ、ロイっ」
 何度も何度も繰り返し呼ばれる自分の名を否定するかのように、ロイは何度か首を振った。

「あ……っ、くっ……、んんっ」
 ぼんやりと開いた青灰色の双眸に、男の肩越しに見える蒼い月を映した。
 ほんの少し開いた唇からは、抑えることのない吐息を零れさせる。
 そして、自分の周りを心配げに舞い続ける風の音を掻き消すかのように、ロイはもう一度だけ首を振った。

 このまま、
 夜明けが訪れることがないようにと、そう願いながら。
                     ……Fin.




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