Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 誕生日 


「おっ、ロイ。何か弾いてくれよ」
 馴染みの客が声を掛けてくる。
 ここは、水の都エトゥス。
 『雪解け水のせせらぎ』亭。ジークとロイが常宿にしている宿である。
 気のいい主人と主人の子である明るい兄妹が小さな店を切り盛りしている。1階は小さな酒場になっており、奥の階段から、2階の宿へと上がれるようになっている。その階段から降りてきたところで、ロイは声を掛けられたのだ。
 週末の夜ということもあり、たくさんの客で店内は賑わっていた。
 だが、ぐるりと店内を見渡すが、いつもの指定席にジークの姿はなかった。

(……今朝から、何処に行ってるんだ。まだ帰っていないのか……)
 小さく息を吐く。
 別に仕事でもないのに大の男が一日中一緒にいる必要はない。
 ジークが何処に行こうとそれはジークの勝手であるし、自分自身も先日、ジークに何も告げずにふらりと何日も行方をくらましたばかりである。文句を言う筋合いはない。
 それでも心の何処かで、今日という日に傍にいて欲しいと思っている自分がいた。
 1人で部屋にいることに耐えられなくなって降りてきたのは事実である。
 決して認めたくはないが。
 もう一度小さく息を吐いて、ロイは先程声を掛けた青年の隣に腰掛けた。
「で、いくらで? フォード」
 涼しげな青灰色の瞳を細めて、問う。
「金取るのかよ。お前と俺の仲だろう?」
 フォードと呼ばれた青年が、酒杯を差し出しながら人懐っこい笑顔で笑った。
「どんな仲だ……」
 少し口元を緩めてロイが答える。
「相変わらず、冷てぇのな。ロイ」
「当たり前だろう。仕事をして報酬をもらわない人間が何処にいる」

 実際、ロイはセレンを出てから、路銀を稼ぐ目的で、時折竪琴を奏でることがあった。
 思い出すことが多すぎて、竪琴を奏でるのはあまり好きではなかったのだけれども、演奏するといつもそれなりの金額を集めることは可能であった。
 ジークと出会ってからは、その他にもいろいろ冒険者まがいの仕事をこなすようになり、生活費に困って竪琴を奏でることはあまりなくなったが。
 もっともジークに出会う前も、竪琴以外の収入の方が多かったように思う。
 思い出して苦笑する。
 自分は何故あれほどまでに、自分を傷つけ追い込みたかったのだろうか。
 置き去りにしたアルフへの罪悪感か。それとも――。
 月のない夜はどうしても1人ではいられなくて、夜毎に人に抱かれ続けていた。
 自分の身体を限界まで傷つけ、何とか精神の平衡を保つことが出来た。
 そうして得た報酬は生活するには充分な金額であった。

「晩飯まだだろう? ロイ。じゃあ、晩飯とワイン一本でどうだ?」
 想いを巡らせていると、フォードがやはり人懐っこい笑顔で覗き込んできた。
 どうあっても自分に竪琴を弾かせたいらしい。
「……仕方ないな。じゃあ、誕生祝いということで」
「へっ。誕生日じゃねぇぜ?」
 不思議がるフォードに綺麗な笑みを1つ送る。
「お前じゃない。俺の誕生日だ」
 涼しげな声で答え、ロイは竪琴を取るべく2階への階段を登って行った。

 そう、今日は自分の真実生まれた日。
 そうして、同じ日、この手に風の精霊石を手にし、故郷セレンを後にした。
 あの日から、5年が経つ。

 竪琴を手に階段を降り、店に入ろうとして歩みを止める。
 何やら店内が騒々しい。
 そっと中に入り、フォードの隣で様子を伺う。
「どうした?」
「何か見慣れねぇ余所者なんだけどよ。難癖つけてごねてやがるんだ」
 見ると、がらの悪い戦士風の3人組が主人の娘に絡んでいる。大剣を腰に提げた屈強そうな男たちであり、周囲の客も様子を伺うだけであった。娘の兄が中に入り、何やら頭を下げた直後に殴り飛ばされた。
 レイピアを掴み、ロイが立ち上がる。
「おい、ロイ」
 フォードが声を掛けるが、既にロイの青灰色の双眸はきつく男たちを睨み、レイピアの切っ先は真っ直ぐに男たちを捕らえていた。
「何だ、お前」
 男たちの1人がどすのきいた低い声で尋ねる。
「生憎、礼儀を知らない奴に名乗る名前は持ち合わせていない。ここはお前たちが来ていい場所ではない。さっさと出て行くがいい」
 真っ直ぐ男たちの方へ歩を進めながら、ロイは澄んだ声を響かせた。
 思わず誰もが息を呑むほどの端正な美貌で、有無を言わせぬ気迫を纏う。
「……お前、ロイか?」
 その時、男たちの一人が口を開いた。ロイがわずかに眉を顰める。
「相変わらず、いや益々色気が増したんじゃねぇか?」
 静まり返った店内に下品な口笛が響く。その様子に客たちの視線が一層集中した。
「いいぜ。お前が今晩相手をしてくれるってんなら、大人しくこの店を出てやるぜ?」
 男たちは嬉しそうににやにや笑った。
「お前も忘れられないんじゃねぇのか? 俺に抱かれた夜のことを」
「……覚えてないな」
 少し小首を傾げるようにして、ロイはそう答えた。
「第一、あの頃は一晩に、」
 続くロイの台詞を遮るように、扉が荒々しく開かれる。
「ロイっ。いらんことを言うな。忘れろ」
「……忘れるも何も、一々覚えちゃいないさ。ジーク」
 ロイが涼しげな声で答える。ジークのきつい視線を受け止めた。
「てめぇら、とっとと出て行きやがれ。俺は今虫の居所が悪い。かかって来るなら生命の保証はせん」
 右手で思い切り扉を叩きつける。扉の壊れる音がしんとした店内に響いた。
 そして、男たちは口々に捨て台詞を残して店を出て行った。

「お騒がせしました。気を取り直して、一曲弾かせて下さい」
 澄んだ声で一言そう述べ、椅子に腰掛けてロイは竪琴を奏で始めた。
 澄んだ音色が零れる。少し瞳を伏せ、時折風を纏うかのように、ロイの黒髪が揺れた。
 別世界の光景のように、店中の客が息を潜めて、聞き入っている。
「一度聞いたら、忘れらんねぇや。麻薬みてぇなもんだな」
 不機嫌そうに座って、酒杯を傾けているジークに、フォードが声を掛ける。
「機嫌直せよ、ジーク」
「何だって、あいつはいつもああなんだ。どうして傷つきたがるんだ」
 激しく酒杯をテーブルに叩きつけ、ロイに視線を送る。
「……でも、お前は気付いていねぇかもしんねぇけど、変わったぜ。あいつ」
 そう告げ、フォードが嬉しそうに笑う。
「今日だって、降りてきて真っ先にお前の姿を探してたぜ?」
 その言葉に酒を呑むジークの動きが一瞬止まった。
「で、大事な日に、何処に行ってたんだ? ジーク」
 フォードの問いに、ジークが懐から何やら取り出す。
 それは銀細工の腕輪だった。側面には意味は判らないが、何かルーンが彫ってある。
「知り合いに頼んでたんだ。仕上がりが予定よりちょっと遅くなってな。さっきやっと出来た」
「何て書いてあんだ?」
「それは……、……ロイが少しでも正直になれるようにってな」
「はぁ?」
 ジークが楽しそうに笑う。
 ちょうどその時曲が終わり、丁寧に一礼してロイがテーブルに近づいて来た。
「相変わらず、いい腕だな」
 拍手をしながら、フォードが迎える。
「夕食とワイン1本じゃあ、割が合わないな」
 ちらりとジークを見て、ロイはフォードが差し出したワインを口に運んだ。
「ロイ、腕を出せ」
 ジークの突然の言葉に驚いた次の瞬間には、ロイの左腕に腕輪がはまっていた。
「これは……」
「誕生日おめでとう。ロイ」
 ジークが瞳を細めて、優しく笑う。続いてフォードも祝いの言葉を述べた。
「別にめでたくはないさ」
「そうか? 俺は感謝してるぜ。お前をこの世に生み出してくれた日だからな」
「……こんな高価なもの頼んじゃいない」
「頼んで貰う物じゃないだろう。こういうものは」
 ロイが言葉を詰まらせる。
「ははっ。お前の負けだな、ロイ。で、何て書いてんだ?」
 フォードが楽しそうに笑い、腕輪を指差す。よく見ると、確かに文字が刻まれている。

 『降りかかるすべての闇よ、彼の者から退け。光よ、彼の者に降り注ぎ、道を照らせ』

 ロイが顔を上げる。静かにジークが自分を見つめている。
「幸せになっていいんだぜ? ロイ」
 ジークが囁く。
 自分に幸せになる権利はあるのだろうか。そもそもその権利を求めることすらおこがましいように思う。今はまだ、その答えは出せなかった。
 でも、今はただ、ジークの言葉が、ロイの心の中を暖かくしていた。
                     ……Fin.




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