Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 霧雨 


「……降ってきやがったか」
 降り出した雨に小さく舌打ちをして、ジークは石畳の上を駆け出した。
 霧雨に煙る街には、ただ静かな時が流れていた。

 雨の日はあまり好きではない。
 ロイが消えてしまいそうな錯覚に襲われるから。

 特にこんな霧雨の日は――。
 出会った頃の、傷だらけのロイを思い出させる。

 初めて見た日の、美しい青灰色の瞳。

 心の奥に傷を抱えながらも、それが癒えることを恐れるかのように、ロイは自分を傷つけたがっていた。
 そうして笑みを浮かべるようになった今でも、それは変わらない。


 こんな雨の日は好きではない。
 泣かないロイが泣いているような気がするから――。

 ふと、石畳を駆けるジークの漆黒の視線が釘付けになる。

 霧雨の中、それに溶け込むかのように静かに佇むロイの姿が視界に入った。

「……ロイ、」
 自らの存在を消してしまいたいとでも願っているのだろうか。
 佇む姿が、痛ましく思える。

 1つ息を吐き、ロイの元へと駆け寄る。

 ばさり。

 大きな外套を翻し、ロイを覆う。
「……こんな処で、何やってるんだ、ロイ」
 冷たい身体。色を無くした薄い唇。
「……別に」
 いつもの涼しげな声が返ってくる。
「帰るぜ?」
 青灰色の瞳を覗き込みながら促すと、しばらくしてロイが小さく頷いた。

 ただ静かに、雨が降っていた。
                     ……Fin.




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