Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 少年時代 

 図書館 


 セレン王国。城内にある王立図書館。
 その中で、ロイは静かに大好きな本を読んでいた。
 窓から昼下がりの暖かい風が流れ、ロイの黒髪がさらさらと音を立てている。
「ロイ様は本当に読書がお好きですな」
 図書館の管理を任されている初老の男性が笑みを浮かべ、その様子を見守る。
 その男性の声に、ロイは本から視線を上げた。
 聡明な印象を受ける青灰色の瞳。
 幼さの残る少年の笑顔。
「うん。1番……、いや、2番目に好きな時間かな」
 笑顔でそう答えて、ロイは再び本に視線を戻した。
 ほぼ同時に、遠くからけたたましい足音が聞こえてくる。
「……アルフ様、ですかな?」
 男性が苦笑する。
 このセレン城内で、ここまで騒々しい足音を出せるのはアルフ以外にはいないだろう。
 くすっと笑顔を浮かべて、ロイは静かに本を閉じた。
「ローイー!!」
 自分の名を呼ぶ声が次第に大きくなる。
 溜息を吐いてみせながらも、顔が綻ぶ。
「あとは、私が片付けておきましょう」
 ロイの手の本を受け取り、男性も笑顔を送った。
「……ロイ様の、1番好きなお時間ですな」
 その言葉に、ロイが綺麗な笑顔を返す。

 そうして扉が開き、駆け込んできたアルフをロイは笑顔で迎えた。
                     ……Fin.





 キス 


 何でこうなるんだ……。
 納得いかない表情で、ロイは少し目線の低いアルフを見下ろした。
 当のアルフは、あどけない無邪気な笑顔を浮かべてロイを見上げている。
 意志の強そうな赤褐色の瞳には、きらきらとした喜びと期待が見え隠れしている。
「なあなあ、ロイ。約束しただろう? キ、ス」

 そう、約束してしまったのだ。
 剣の一本勝負で勝てたら、キスしてやる、と。

 全くもって、不条理だ。
 ロイは、わざと大きく溜息を吐いた。

 始まりは、アルフの第一声だった。
「ロイ。決闘しよう」
 セレン王国。城内の一角にある剣技場。
「……決闘?」
「うん。でさ、俺が勝ったら、ロイにキスしてもらうんだ」
 アルフが赤褐色の瞳を輝かせる。
「……却下」
 ロイは綺麗な青灰色の瞳でそう即答した。
 だが、噛み合わない論争を繰り返すこと数分。
 結局折れたのは、ロイの方だった。

 で、その結果。
 勝利の女神は、ロイの予想を大いに裏切ってアルフに微笑んだのだった。

「嫌? ロイ」
 一向に動こうとしないロイに、アルフの視線が淋しそうに揺れる。
 ロイは、もう一度盛大に溜息を吐いた。
「目、閉じてろ。最大限に譲歩してやる」

 そして、ロイのファーストキスがアルフの頬を掠めた。
                     ……Fin.





 誓い 


「……こんな朝早く、どなたかと思えば、アルフ様ですか」
 セレン王国。城内の一角にある剣技場。
 夜明け前の薄暗い光の中、朝稽古に来た青年騎士アスランは幼い先客に声を掛けた。
 驚いたように振り返り、アルフが少年らしい輝いた笑顔を返してくる。
「早いな、アスラン。ちょうど良かった。稽古をつけてよ」
「私はいつもこの時間ですよ」
 アルフの笑顔につられるようにアスランも微笑み、2人は稽古を開始した。

「そこ、右っ」
「踏み込みが甘い。次、左っ」
 アスランの声に素早く反応して、アルフが身体を翻す。
 まだまだ荒削りではあるものの、アルフの才能を見て取り、アスランの声が一層激しくなる。
(ロイ様と同じ師についているとは思えないな……)
 何処か似ているが、全く正反対に思えるロイの洗練された剣さばきを思い出す。
(いずれにせよ、お二人とも強くなられる)
 そう思い、アスランは口元に笑みを浮かべた。

「なぁ、アスランは何で騎士になったの?」
 稽古を終え、一礼して息を整えると、アルフが赤褐色の真剣な瞳で尋ねてきた。
「それは、この国が好きだからですよ。お仕えする陛下のため、国民のため、国のため、私に出来ることは、この剣くらいですから」
 同じように真剣な眼差しで、アスランはそう答えた。
「俺も強くなりたい。誰よりも強くなりたい」
 朝陽が射し込み、アルフの顔をきらきら輝かせる。
「俺、ロイが好きなんだ。ロイのために俺、強くなりたい」
 意志の宿った眼できっぱりそう言い、「それじゃあだめかなぁ」とアルフはぽつりとそう付け足した。

「良いと思いますよ、私は」
 アルフを見送った後、アスランは小さくそう呟いた。
                     ……Fin.





 生きる意味 


 爽やかな風が舞う、そんな日だった。
 王都ラストア。
 広い城内には、多くの白い旗。
 その旗が風にはためく姿を、漆黒の瞳に映す。

 紺の刺繍で縁取られた、真っ白な衣装。
 胸元には、この国の紋章である双頭の竜。
 この国で剣を持つ者なら、誰もが一度は憧れる、近衛隊の正装である。
 その衣装を身に纏い、真っ直ぐ背筋を伸ばして、ジークは目の前の階段を見つめた。
 まだ筋肉の発達しきっていない、少年の体格。
 何処か幼さの残る、横顔。
 それもその筈、今日の近衛隊入隊式を、ジークはラストア史上最年少で迎えていた。

「馬子にも衣装だな。ジーク」
 背後から声を掛けられる。
 振り向くと、騎士の正装を纏った壮年騎士が笑顔で立っていた。
「……師匠」
「どうした。登れんか?」
 城内へと続く階段の前。
 ジークの心の中、すべてを見透かすのように、師匠と呼ばれた壮年騎士が核心をついてくる。
「……まだ判りません。自分の為すべきことが何なのか」
 そう告げて、ジークはまだ幼い漆黒の瞳で長い階段を見上げた。
「剣の稽古は楽しい。でも、何のために強くなりたいのか…。こんな気持ちではこの階段は登れません」
 そう。だから、考えていた。
 生きる意味を。
 不意に頭をぽんぽんと叩かれる。
「師匠?」
「生意気言ってんじゃない。それが判るのに俺が何年かかったと思っている?」
 見上げると師匠の真剣な眼差しとぶつかる。
 そして、
「心配するな。お前が真っ直ぐ生きてる限り、必ず答えは見つかる」
 笑顔で背中をとんと押された。
「さあ、胸を張って行ってこい。お前は、この俺の自慢の弟子だぜ?」
「はい」
 笑顔を返し、1つ息を吸い込むと、ジークは階段への一歩を踏み出した。

 爽やかな風が、舞う。

 ジークが『生きる意味』と出会うのは、まだ先のことである。
                     ……Fin.




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