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「やっぱり、あいつは人間じゃねぇよ。フィーン」
「そんなこと言うの良くないよ。アスティ」
水の都、エトゥス。
小さなこの街の真中に位置する唯一の神殿。
その神殿の一室に入るなり、アスティは幼馴染みの神官見習い、フィーンに向かって言った。
淡い金色の短髪。
少し吊り上がった茶色の瞳。
少し尖らせた口。
柔らかい皮鎧を身に付け、腰には小剣を提げているものの、その表情にはまだ少年らしさが残っている。アスティと呼ばれたその少年は、少し乱暴に傍にあった椅子を引き寄せ、後ろ向きに座った。
一方で、フィーンと呼ばれた小柄な少年は、神官衣を纏い、静かな動作で本を閉じる。銀髪に青い瞳のふんわりとした柔らかい笑顔を浮かべて、アスティを見つめ返した。
「騎士様を目指すんだろう?アスティ。偏見は良くないよ」
静かな、まだ少年独特の少し高い声が響く。
「いいや、あいつは人間じゃねぇよ」
言い放つアスティの様子に、フィーンが小さく溜息を洩らす。
そうして、初めてロイに会った日のことを思い出して、小さく笑った。
「……人間じゃねぇ」
初めてロイを見たアスティの第一声は、こうであった。
神殿近くの大きな噴水の前。
その噴水の淵に腰掛けて、ロイは手に持った本に視線を落としていた。時折青く見える黒髪が風にそよぐ。アスティの呟きというには大きすぎる声に、ロイの視線が向けられた。
「……何だと?」
自分の前に立つ少年に、壮絶な美貌の美しい青灰色の瞳を細めて、ロイが答える。
「だって、人間じゃねぇよ。その顔は」
ロイの瞳が更に細められる。慌ててフィーンが間に入った。
「あっ、すみません。あの、こいつ、思ったことそのまま口にしてしまうんで……。あの、決して他意はありません。その…、すみません」
声が上ずる。フィーンも初めて見た壮絶な美貌の青年に、動揺が隠せなかった。
「あ、あの……」
恐る恐る視線を向けると、ほんの少し口元に笑みを浮かべ、ロイが見上げていた。
「おーい、ロイ。子供怖がらせて、何やってんだ?」
鞘に納まった大剣で肩をとんとんと叩きながら、ジークが近づいてくる。
逆光で表情は読めないが、きっと楽しそうに笑っているに違いない。
「……失礼な」
ロイの非難の声は無視して、ジークは大きな手でアスティの頭をぽんぽんと叩いた。
「俺の連れが怖がらせちまったようだな。まあ、こいつの場合、存在そのものが怖いんだ。許してやってくれ」
くすくすとジークの笑い声が響く。そのジークを呆然とした様子でアスティが見上げていた。
「あ、は、初めまして。ジークさん。俺、アスティといいます。あの、俺、ジークさんを目指しています。ジークさんのような立派な騎士になりたいと思ってます」
少し興奮気味にアスティが捲くし立てる。『騎士』のところで、ジークがぴくりと反応した。
「おい、ちょっと待て。えっと、アスティか。俺は騎士じゃねぇぜ?」
困ったような表情を浮かべ、ジークが答える。その様子をロイが真っ直ぐ綺麗な青灰色の双眸で見つめていた。
自称『賞金稼ぎ』を名乗っているジークである。金が入るなら少々危険な仕事も請け負う。洗練されたジークの剣さばきは、明らかに正当な訓練を受けたそれであると思われたが。
そういえば、誰かを探していると言ってたか。
真っ直ぐ見つめているロイの視線に気付き、ジークが助けを求める。
「おい。ロイからも言ってやってくれ。俺はそんな上等なもんじゃねぇ」
「……どうだか」
呟き、ロイがゆっくりと立ち上がる。
「で、何か用じゃなかったのか?」
呆然と様子を見ていたフィーンに、ロイの涼やかな声が問う。
「あ、そうでした」
フィーンは我に返り、手紙を渡した。
「神殿から依頼させていただきます。ここにある薬草なのですが……」
「そうだ。アスティ。薬草は?」
「それを届けに来たんだよ」
アスティが小さな布袋を取り出す。それを受け取り、フィーンは丁寧に確認を行った。
結局、『これはお前の専門だな』というジークの一言で、ジークと一緒に行ける事に目を輝かせていたアスティと、『人間じゃねぇ』と言われたロイが一緒に行く羽目になった。当の二人は最後までぼやいていたが。
行程は往復で3日。
「あいつ、人間じゃねぇ」
「目上の人に、『あいつ』はないだろう? 何かあったのかい?アスティ」
深い藍色の瞳でフィーンが問い掛ける。
「あいつ、全く寝ないんだぜ。2晩ともしっかり起きてた。しかも涼しい顔して。やっぱり人間じゃない。話に聞くエルフとも違うようだけど……」
「……2晩とも?」
それは確かに、ちょっと変かも知れない。
日差しが暖かい午後、揃ってちょっと小首を傾げる2人であった。
「ジーク。ちょっと肩を貸せ」
「あ?」
エトゥスのすぐ傍の小高い丘。優しい風がそよぐ、ロイが気に入っている場所である。
木陰で本を読むロイを見つけ、近づくジークに気付いたロイの第一声。
横に腰を下ろし、言われるままに肩を貸す。
さらさらと音を立ててロイの黒髪が近づく。ジークの肩にもたれ掛かるようにして、ロイは静かに青灰色の瞳を閉じた。
「寝てないのか? ロイ」
「……あんなのと一緒で眠れるか」
少し考えて、ロイが答えた。
安全な行程であった。『代わろうか?』というアスティを制してまで自分が起きている必要など全くなかった。
それでも、ジークがいない夜は、何故か眠れなかった。
いつからだろう。
ジークが傍にいる。それだけのことが、自分にとって大きな意味を持つようになってしまったのは。
「おい、ロイ? ……寝たのか?」
無防備に寝息をたてるロイの横顔を盗み見る。
『人間じゃねぇ』といったアスティの台詞を思い出して、ジークは少し口元で笑った。
せめて、夢の中のロイが幸せでありますように。
心の中で、ジークはそう呟いた。
……Fin.