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水面が、光を浴びてきらきらと輝いていた。
美しい青灰色の瞳がその光景を映し出す。
穏やかなヴァリエ川。
その美しい光景に吸い寄せられるように、ロイはその川の元に近付き、揺らめく水面を見下ろした。水面に、端正なロイの姿が映し出される。
『美しい……』
そう告げられ、この身を求められたことは1度や2度ではない。
彼らを狂わせる呪われた何かが、この身体の奥に潜んでいるのかも知れない。
実際、聡明な叔父ダンフィールドも、狂気に憑かれたようにこの身体を求め続けた。
幽閉されていた北の塔から脱出し、太陽の光を浴びるようになってもこの肌は抜けるように白いままで、逃走の旅を続け、鍛えられ、筋肉をのせた今でも、この身体が持つ線の細さは変わることがなかった。
そして、何かに誘われるように、男たちが群がってくる。
悦楽を覚えた、この身体を求めて――。
水面を見下ろす青灰色の双眸はそのままに、ロイは口元にだけ自嘲気味な笑みを浮かべた。
ふと、水面の『ロイ』が妖艶に笑みを返したような気がする。
それは、まるで自分を誘うかのように思えた。
『ロイフィールド=ディア=ラ=セレン。そなたを開放してやろう』
水の中の『ロイ』が告げる。
『全てを我に任せよ』
それは、あの日から自分を喚(よ)び続ける声。
その声に、全ての苦しみから解放されるような気がして。
そうして、全ての想いを忘れられるような気がして。
自分はいつまで、この誘惑に抗うことが出来るのだろう。
「ロイッ!」
不意に名を呼ばれ、腕を掴まえられる。
ゆっくりと振り返ると、青灰色の瞳にジークの姿が映った。
「……」
「お前、何やってるんだ……」
深い漆黒の双眸がロイを見据え、逞しい腕がロイを引き寄せる。
「……別に。川の流れを見てただけさ」
ジークの腕の中、ロイは静かな声でそう答えた。冷静なその声と裏腹に何処か所在無げにジークの厚い胸板に身体を預ける。
「消えちまうかと、そう思った」
ロイの頭上、低い声でそう呟くと、ジークはロイの痩身を抱き寄せる腕に力を込めた。
「……魔法使いじゃあるまいし。そうそう消えたりはしないさ」
ジークの腕からするりと抜け出して、ロイがくすりと笑みを零す。
ジークの瞳の中で、風がロイの蒼がかった黒髪を揺らせた。
「嘘吐け」
お前は風を渡れるんだろう?
続く台詞は口にせず、代わりに漆黒の双眸がロイを捉える。
風を纏ったままその視線を受け止め、一度青灰色の瞳を伏せてから、ロイは意を決したようにジークを正面から見つめた。
「……仕方ないな」
そう告げて、ふわりと笑みを浮かべる。
「心配性のお前のために、待ち合わせ場所を決めておいてやろう」
「……待ち合わせ場所?」
怪訝がるジークを見つめ、ロイは楽しそうに瞳を細めた。
「そう。待ち合わせ場所。3度目にお前に会った、あの場所がいい」
「……」
「もし、」
言いかけてジークから視線を外し、ロイは左腕を上げて風の感触を楽しんだ。
その姿はまるで風の精霊とでも会話しているかのように見えた。
「……もし、俺がお前の前から姿を消すことがあったら、」
青灰色の双眸で遠い空を見つめながら、静かな声が告げる。
「俺が俺である限り、あの場所に向おう。約束する」
その約束は風に乗ってジークの許に届いた。
見えないロイの想いを連れて――。
「俺も約束しておくぜ、ロイ。いつであろうと、何があろうと、俺が、お前を見つけてやる」
低く響くジークの声に、ロイがほんの少しだけ笑みを零す。
それは2人だけの約束。
ただ川を渡る風だけが、そんな2人を見守るかのようにそっと2人の間を流れていった。
……Fin.