Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 初夢なのか……? 


 千晴が挿入ってくる――。

 入り口を抉じ開けられる感覚に、一瞬身体が竦んだ。それなのに、身体の深い処に挿入ってきたそれを感じた瞬間、身体が戦慄いた。
「あ……、」
 思わず声が出た。口から飛び出したありえねぇ声色に、泣きたくなった。
 千晴が、俺を抱く。
 千晴のくせに。千晴なんかに。千晴ごときに。
 ああ、ちくしょう。どう悪態吐いても足りやしない。
「……っ、あ、く……っ、」
 俺の中に、千晴がいる。俺の中で、千晴が動く。
 ああ、くそっ、感じちまう。
 健康なんだから、仕方ねぇだろ。感じちまうもんだろ?
 ちら、と薄目を開けると、くせのある茶色の髪が揺れるのが見えた。
 千晴だ、そう思うと、身体がぞくっと震えた。
 ああ、ちくしょう。
「……っ、……ん、っ」
 声を抑えると、ぐちゅ、という身体を繋ぐ音が聞こえた。気にしてしまうと、俺たちの動きに合わせて響くその音が、段々大きくなっていくような気がする。
「ああ……っ、」
 恥ずかしい声が上がる。恥ずかしい音が響く。
 も、泣きたい。
「臣、」
 千晴の声だ。
「好きだよ、臣。……臣、臣、大好き、臣、」
 少しだけ掠れた美声が、俺の名を呼ぶ。
 うん。
 いろんな音が遠くに霞んでいった。
 ただ、千晴の声だけが、耳に届いた。



 がばっ、と身体を起こして、どっと汗をかいた。
「……マジか」
 夢ってさ、目が覚めると結構忘れちゃうんだよね、とか誰か言ってなかったか?
「忘れさせてくれ」
 あまりに鮮明なそれは、どうやら俺の2007年初夢になったらしい。
 リセット機能があったら即刻押したい気分だ。
 だいたい俺は夢を見ない性質だ。去年も一昨年も、初夢の話題には入っていけなかったはずだ。これで今年は入れるってか? 冗談じゃねぇ。
「千晴が悪い!!」
 きっとそうだ。
 たった3日だ。それなのに、夢にまで出てくるか。
「後5日か……」
 そうぼやいてみて押し返し地点すら過ぎていない事実に、愕然とした。

 千晴は、この冬休みを利用して、父方の実家があるイギリスに帰省していた。受験直前のこの時期に呑気なもんだ。でも、向こうのばあさまやじいさまがどれだけ千晴を心配していたかはよく知っている。休み毎に抱き締めたいその気持ちも判らなくはなかった。付け加えるなら、最近ばあさまの調子があまり良くないらしい。
 だから、思いっきり笑顔で見送った。
 別れ際、『しっかり孝行してこいよ』と言ってやると、千晴は少し複雑そうな顔を浮かべた。
 10年以上会っていなかった祖父母である。あの千晴にも不安はあるのか。お守りを持たせてやると、千晴はくすくすと笑った。ま、学業成就、だったからな。

 それが、3日前のことである。

 認めたかないが、もしかして寂しいのか? 俺。

 もう一度枕を殴ったその時だった。
 俺の携帯が鳴った。

 ディスプレイの浮かぶその名前に小首を傾げながら、ボタンを押した。
『臣?』
 やはり千晴だ。
「? お前の携帯、海外でも繋がんの?」
『え、あ、ううん』
「はあ?」
『会いたくて、』
 何だって?
『帰ってもいいかなぁ……? とか、』
 馬鹿じゃねぇのか、こいつ。何時間掛けてそっちに行ったんだよ。
 心の底から呆れた。でも、
「…………空港まで迎えに行ってやるよ」
 そう答えてやると、千晴が嬉しそうな声を上げた。
『ホント?』
 これは千晴の声。
『……ピンポーン』
 これはインターホン??
 ピンポーン。
 あ、俺ちもだ。
「ちょっと待て、客だ。俺んち今、誰もいねぇから。後でな」
 ほんの少し躊躇したが仕方ない。ピッという音とともに千晴の声に別れを告げた。
 ディスプレイの明かりが消えると、ふ、と胸に何かが空いたような気がした。
 その理由は何となく判ったが、振り切るように階段を駆け下りて、俺は玄関のドアを開いた。

 そして、絶句した。

「ただいま、臣」
 これは千晴。間違いない。
「あ、ちゃんと飛行機で帰ってきたから」
 いや、ツッコミたいのはそこではなくて。というか、聞きたかないが、他の手段て何だよ?
「おばあさま、お元気だったよ」
 ああ、それは良かった……、じゃなくてだな。
  「今度は臣も一緒にね、だってさ。ヨーロッパの言葉、何ヶ国語話せる?」
 英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語、ギリシャ語……、7つか?
 さすが俺、って、指折り数えている場合じゃなくて。
「…………臣、僕に会いたくなかった?」
 千晴の表情が曇る。
「空港で別れた時も、満面の笑顔だったし……。臣は本気で恋をしたことないから、僕の気持ちなんか判らないんだ……」
 ああ、あの表情はそういう意味か。
 というか、不思議人間千晴のくせに、俺に恋愛を説くのか。
 ちょっと待て、泣くな。千晴。
「会いたくて、触れたくて、夢にまで見るくらい、」
「…………見たよ」
 途端、両手で顔を覆い、肩を震わせていた千晴が動きを止めた。
 ……やられた。
 その口元が微笑んでいる。
「どんな夢? 初夢?」
 嬉しそうな千晴だ。
 あああ、こいつはこういう奴だった。
「ね、臣、どんな夢見たの?」
「言わねぇ」
「あ、言えないんだ……」
「言えないんじゃねぇよ、言わねぇんだ」
「ふうん、そうなんだ」
 そうなんだ、ってどうなんだ、って何するつもりだ、お前。
「ち、千晴!」
「おばさんたち、いないんだよね?」
 しまった。
「いや、その、」
「好きだよ、臣」
 その声、反則だ。その表情も、だ。
 甘い、俺は千晴に甘すぎる。


 あ、思い出した。
 夢。昔は見てたんだ、毎晩。
 千晴がいなくなる夢。
 千晴が泣いている。千晴が怖がっている。

 千晴がいなくなった日から、毎晩だ。眠るのが怖かったくらいだ。
 自己防衛反応か。
 無意識に夢を見ないようにしていたのかも知れない。

「臣、」
 千晴が笑う。千晴が俺を見る。
 まいった。降参だ。

 いつの間にか俺の部屋だ。しかもベッドの上だ。
 ったく、不思議人間千晴め。
「ち、千晴?」
 シャツを捲し上げて、千晴の手が滑り込んでくる。千晴らしくない早急なテンポに少し驚いた。
 いつもの千晴は、もどかしいくらいに丁寧だ。俺が焦れて声を上げるのを、楽しんでいるくらいの余裕を見せる。
 ああ、思い出したら、何だか腹が立ってきた。
 3日前、お前、俺に何したよ?

「ちょっ、と、おい、千晴?」
 少しトリップしているといきなりズボンを下ろされ、正直焦った。こんな展開は初めてだ。
 千晴の息遣いが荒い。指の動きが乱暴だ。
「ど、した? 千晴、」
「臣、臣、」
 熱に浮かれた美声が、何度も俺の名前を呼ぶ。
「どうしよう? も、我慢できない……」
 はい?
 余裕のない声。余裕のない表情。
 この3日、千晴も俺のこと、想ってたのか?
 俺は、お前の夢に出てたのか?
 どうしてだろう、ぞくぞく、と身体が震えた。

「…………来いよ」
 そう声にして、千晴を引き寄せた。
 俺はやっぱり千晴に甘すぎる。
 焦らしてやりゃいいじゃねぇか。いつもの借りを返してやるチャンスじゃねぇか。
 でも、無理だ。
 千晴が俺を欲しがっている、そう感じた瞬間、何もかも吹き飛んじまった。

 俺も、千晴が欲しい。
 も、待てない。

 クリームの冷たさを感じた直後、千晴が挿入ってきた。
「い、てぇ……、」
 抉じ開けられる感覚に悪態を吐く。だが、湧き上がる感覚がそれだけでないことは、千晴にも伝わったらしい。
「臣、感じてる……?」
 んな嬉しそうな顔すんなよ。
 ぼやこうとしてふと思った。
 俺、今、どんな顔してんだろ?
「好きだよ、臣」
 ああ、ちくしょう。それが卑怯ってんだ。
 ほら、反応しちまうだろうが。

「あ、そうだ。明けましておめでとう、臣」
 おい、千晴。ぼけてんじゃねぇ。
 今、この状態で言う台詞か?
 俺たちどんな格好してると思ってる?
 明けまして、どころか、開けまして、か、俺の脚。
 ん? めでたいのか?
 お前がいたら、めでたいかもな。
 何考えてんだ、俺。
 ……訳判んねぇ。


 でも、確かなこともある。
 千晴の声を聞いて、嬉しかった。
 千晴の顔を見て、喜んでいる。

 千晴の夢を見て、こんなのも悪くない、そう思った。

 2007年、とにもかくにも、頑張ろうか。
 不思議人間千晴を放っておけないものな。
 傍にいてやるよ。

 ――今年もよろしく。

     おしまい。




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