Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 願いを叶えて 


「……何でカイにちょっかいを出す? シン」
 その部屋に入るなり、不機嫌そうな声で、タウはそう問い掛けた。
 学院一の美形と賞されるこの部屋の主は、綺麗な蒼い瞳を本に向けたまま、視線を上げることすらしない。
 そうして、
「判っているくせに」
 タウ以上に不機嫌な声で、シンはそう呟いた。


 ここ、『ガリル王国』は、別名『魔法王国』とも言われている。全ての国民が魔法使いであるとか、赤子でも魔法を使いこなすとか、そんな恐ろしい噂も囁かれているが、実際のところ他の近隣諸国と大差はない。ただ、異なるものといえば、王城の背後に聳え立つ、5つの塔の存在であった。それらは『古き光の塔』と言われ、その塔に囲まれた空間が、『塔の学院』と呼ばれる、平たく言えば、『ガリル王国立魔法学院』とでも言おうか。
 魔法使いになりうる素質を持って生まれた子供たちは、7歳になると世界中からこぞって集まり、この学院の入学試験を受ける。そして晴れて合格した者は、才能に応じてそれぞれの塔に入り、10年の歳月を掛けて先人たちの偉大な知識を学ぶのである。

 その中でも最も狭き門と言われるのが、今2人が居る塔、『第1の塔』であった。
 この塔に入る資格を得られるのは、毎年せいぜい20〜30人ほど。更に言うならば、最終的にこの塔を卒業できる者は、毎年10人いれば良い方である。
 そして、この塔を卒業するということは、全世界においても最高位の魔法使いたちに仲間入りすることを意味する。

 現在、その『第1の塔』の最高学年は、たったの3人しかいない。
 シンとタウは、その中の2人であった。


「ままごとのような恋。……本当の恋を知ったら、どうなるのかな?」
 本から視線を外さないまま、シンはそう呟いた。
 シンが言うところの“ままごとのような恋”が、誰のことを指すかは、タウも承知していた。
 1つ下の後輩であるリュイ。ふわふわとした雰囲気で可愛いその後輩に、「お人形さん」というあだ名を付けたのはタウであった。そのリュイがどうやら恋をしたらしい。その相手が、リュイの幼馴染みのカイ、最近事あるごとにシンが絡んでいる相手である。

「リュイはまだ子供だろ?」
「子供? リュイと同じ年の僕を抱いていた君がよく言うよ」
 シンが視線を上げる。
 綺麗なその瞳は、細められると凄みを増した。
「でも、どうせ離れなきゃいけないのなら、本当の恋なんて知らない方がいいのかも知れないね」
 きつい眼差しが、タウを捉えていた。

「……シン、お前、変だぜ?」
「変だよ。だって……」
 カタンと椅子を倒して、シンが立ち上がる。そのままタウの元に歩み寄り、シンはタウの身体に両手を絡めた。

「抱いてよ……」
 タウの耳元に唇を寄せて、そう囁く。
「もう、一月も触れていない……」
「よせ、シン」
「どうして?」
「それこそ、判っているくせに」
 タウの台詞に、シンは美眉を顰めた。
 とん、とタウの身体を突き放し、蒼い瞳でタウを見据える。

「判ってやらない」
 いつもより若干低いトーンで、シンはそう告げた。
「こんなにしておいて、今更僕に1人で生きろとでも?」
 語尾が次第に震えていく。
「……無理だよ。嫌。タウと離れたくない」
 そう告げるシンの瞳から、涙が一粒だけ零れ落ちた。

「……初めから、判っていたことじゃないか」
 冷静な口調でタウがそう告げる。
「判っていて、俺はお前を抱いた。判っていて、お前は俺に抱かれた。違うか?」
 表情一つ変えることなく、タウは深い褐色の瞳にシンの涙を映した。

 いつしか、互いに惹かれ合っていた。
 先に手を伸ばしたのは、どちらからだっただろうか――。

 互いに出身地どころか、本名すら知らない。
 ただ知っているのは、『タウ』『シン』というこの学院で与えられた呼び名だけ。
 それが、この学院での、絶対のルールだった。
 卒業後、何処に行くかすら、明かしてはならない。
 魔法使いという存在は、時として危険な存在になりうるから。

 踏み込んでしまったら、後戻りは出来ない。そう思いながらも、肌を合わせた。
 卒業までのカウントダウンから耳を塞いで――。

「卒業したら終わり。それまでのゲームだと俺は割り切ってきた。もうお前を抱くことはない」
 抑揚のない低い声で、タウはそう告げた。
 2,3回瞬きをする他は、全く表情を変えることもないまま、片手で無造作に褐色の髪を掻き上げる。

「……嘘吐き」
 真っ直ぐにタウを見つめたまま、シンはそう言葉にした。
「タウはポーカーフェイスだと、皆そう言っているけど、僕の前でも通用するとでも思ってるの? 何年一緒にいると思ってるの。タウが瞬きするのは嘘を吐いている時、髪に触れるのは動揺を隠す時」
 一気に捲し立て、そうしてシンが大きく息を吸い込む。

「好きだと言ってよ。離したくないと」
 綺麗な蒼い瞳にしっかりとタウを映し、表情に乏しいタウの変化を読み取ろうとする。

「……シン」
「言えないなら、いっそのこと、僕の記憶を全部消して。タウなら簡単なことだろう?」

 簡単ではないが、出来ないことではなかった。
 タウは、心を操作する術に長けている。その多くは禁じられた呪文ではあるが、その殆どをタウは既に会得していた。

「そう。俺なら簡単に操れる」
 一旦瞳を伏せ、再びシンを見据えて、タウは言葉を続けた。
 息を一つ吸い込んで、シンを突き放す言葉を選んでいく。

「だから、性欲処理目的で、綺麗なお前が俺に恋するように仕向けた。だからもう忘れろ」

「嘘吐き!」
 そう叫んで、シンはタウの胸元を叩いた。そのまま涙を浮かべた綺麗な蒼い瞳で、背の高いタウを見上げる。

「嘘吐いても僕には判るんだよ?」
「シン」
「僕のために、君が僕を突き放そうとしていることくらい」
 真っ直ぐ見上げたまま、シンは微かな笑みを浮かべた。

「全部判ってる。卒業試験が終わったあの夜、残る日にちを数えて、僕は涙を抑えることが出来なかった。そんな僕に気付いた君は、あの夜を境に僕を抱くことを止めた。冷たい振りして、突き放す振りして! 僕は全部判ってる。…………君も判ってるんだろ?」

 『何を?』と訊くまでもなく、タウにも判っていた。
 シンがどれだけ自分を想っていてくれているかは、痛いほど判っている。同時に、綺麗で物静かに見える恋人が、実は激しい気性を秘めていることも十分承知していた。
 もし、『離したくない』と口にしてしまったら、シンがどういう行動に出るかは、簡単に推測出来た。
 だから、手放さなくてはならないとそう考えた。

 手っ取り早くそうするには、禁じられた呪文を使い、シンの気持ちを捻じ曲げてしまえばいい。
 自分には出来ないことではなかった。
 でも、どうしても出来なかった。

 迷い悩み、突き放そうとしたこの一月。

「一言でいい、言ってよ。離したくないと。僕には全部捨てる覚悟は出来ているんだから」
 そう言葉にして、シンは背筋を伸ばして、タウに口付けた。

 柔らかい唇の感触――。

 高鳴る鼓動を感じながら、初めてこの唇に触れた日のことを思い出す。
 戸惑いながら、それでもどうしても手に入れたかった。
 初めて抱いた夜は、嬉しくてどうにかなりそうだった。

 いつも傍にいた、大切な、大切な存在――。


 手放したく、ない――。
 
 細い肩に腕を回し、タウはその痩身をきつく抱き締めた。
 アッシュブロンドに指を絡ませ、頭を抑えてより深く口付ける。
 激しい口付けの合間に上がるシンの声が艶を帯びていく。幾らもしないうちに膝から力を失くし、シンはタウの腕に身体を預けた。


 ――覚悟を決めた。


「……後悔しても知らないぜ?」
 タウがそう呟く。

「後悔なんてしない」
 そう言って、シンは満面の笑みを浮かべた。



 窓から差し込む月が、シンの肌を照らし出す。
「綺麗だ……」
 耳元でそう囁かれて、シンは耳朶を紅く染めた。
「見ないで……」
 そう声にしてから手を伸ばし、軽く杖を振ってシンが呪文を唱える。カーテンが降り、部屋から月明かりが消えると、シンは安堵の息を落とした。
「見せろよ。俺のだろ?」
 タウが呟く。同時に部屋中に明かりが灯る。
「嫌……」
 点いたり消えたりする部屋の中、タウはシンの身体を開いていった。


「あ……っ、も、無理……っ!」
 いつものタウの行為は、シンの身体に負担を掛けることは少ない。
 もちろん、慣れない頃はそれなりの負担もあったし、シンの口から苦痛の声が上がったこともある。それでも、努めて無理させないように注意を払い、タウは優しく緩やかに行為を営んだ。そんな優しく淡泊な行為をもどかしく感じ、「もっと……」とシンが腰を振って強請ることもあるくらいに――。
 それが今日は全く違っていた。

「あ、あ、……苦、し、……あっ!」
 限界まで脚を拡げられ、屈曲させられ、最奥まで一気に押し入られる。そうして退いてはまた激しく突き上げられ、シンは苦痛の声を上げた。
「でも、いいだろ?」
 タウの言葉どおりだった。
 シンの身体を駆け上がるのは苦痛だけではなかった。
 今まで味わったことのない快楽が、全身を震わせていく。
「あ、あ、……んんっ!!」
 寝布を固く握り締め、駆け上がる快楽にシンが背を反らせる。
 浮いた腰の間に手を差し入れ、タウはその細腰を思い切り引き寄せた。
「あう!」
 これまでないほど深く侵入され、シンの喉から悲鳴が上がる。
「あ、タ、タウ……っ! だ、だめ……っ、あ、……止め、てっ!」
 繰り返され始める突き上げに、浮いた身体が攫われそうになる。一瞬恐怖に支配され、シンは声を上げた。
「止めていいのか?」
「い、いや……っ!」
 ほんの一瞬動きを止められると、掠れた声がタウを求めた。

「タウ……っ! あ、あ、あ……っ、んっ」
 再開された動きに合わせて、シンが喘ぐ。
 白濁した意識の中、タウの全てを手にしようと、シンはタウの背中に腕を回した。
 激しくなるタウの動きに同調して、シンも腰を揺らせた。
 次第に上り詰めていく。
「あ、……んっ、あっ、あ、あ――っ!!」
 タウの下腹部に精を放ち、シンは全身から力を落とした。同時に身体の奥にタウが放った熱を感じた。
 鼓動がまだどくどくと音を立てている。
 身体の奥に、タウの存在を感じた。ただそれだけで全身が粟立っていく。

「好きだぜ、シン」
「あ、あ、……何?」
 耳元で囁かれる甘い言葉に、シンの身体はぞくり、と感じた。

「離したくない」
 ずっと聞きたかった台詞が、耳に届く。

「あ……っ」
 ぞくぞくと何かがシンの背中を駆け上がった。
 身体中が熱を帯びていく。
 繋がれたままのタウが大きくなるのを感じると、シンの全身は歓喜に震えた。
 快楽を貪るように、タウにしがみ付く。

「あ、あ……っ、変だ、こんなの」
 いつまでも収まらない。抑えられない。

 ――タウが欲しい。

「変じゃないさ。俺を愛してるってことだろ?」
 タウが微笑む。

「あ、……っ! 僕に、何か、した……っ?」
 何かの魔法を掛けられたに違いない。
 無性にタウが欲しくて堪らない。

「愛の魔法かな?」
 嬉しそうにそう答えて、タウはシンの痩身を抱え上げた。膝に抱えてより深く繋がる。

「んんっ!! あ、あ――っ! あ……っ!」
 腰に手を添えて揺らせると、シンの口から嬌声が上がった。

 魔法を掛けられていないことは、シンにも判っていた。
 それでも、タウの声が囁く言葉一つで、身体中が変化していく。

「もう、だめ……っ! あっ、ん……っ、あ――っ!」
 与えられる快楽の波の中、気がつけば、シンも自ら腰を揺らしていた。動きが次第に激しくなる。

「タウっ、あ、あ、……タウ! ……好き!」
 タウの褐色の髪に指を絡ませ、限界まで背を反らせて、シンは身体を震わせた。
 2度放った精で下腹部が卑猥な音を立てる。

「……え?」
 寝台に倒れ込むシンの身体を支え、固いままの自分自身をずるりと引き抜くと、タウはシンの身体を反転させた。白い背中を擦り上げて、その両脚を拡げる。

「何、する……、んんっ!」
 次の瞬間、後ろから貫かれて、シンは息を呑んだ。そのまま激しく突き上げられる。

「も、無理……っ! あ、あ、」
 再び快楽が押し寄せてくる。

「タ、タウ……っ! 僕を、……殺す、気か……っ!」
 身体を捩り、タウを睨みつけてみるものの、潤んだ綺麗なその瞳は、タウの熱を煽るだけの結果に終わった。動きが激しさを増していく。

「あ、……っ!」
 タウの精が流れ込んでくるのを感じる。同時に限界を感じた意識が遠のき、シンは寝布の上に身体を沈めた。



 微かな朝の光を感じ、シンは瞳をうっすらと開いた。
 恐ろしいことに、全身を襲う倦怠感に、指一本動かせそうになかった。
 いつの間にか、身体は綺麗に拭かれ、整えられた寝台に寝かされていた。視線を巡らせると、窓辺に立つタウの背中が見えた。

「……おはよう」
 その背中に声を掛けると、タウが振り返り、シンの元へ歩いてくる。
「目ぇ覚めたか。シン」
「……永久に目覚めなくなるかと思ったけどね」
 ほんの少しの嫌味を口に乗せ、それでもシンは極上の笑顔を見せた。
 その頬に手を添えて、タウはシンの蒼い瞳を真っ直ぐに見つめた。

「お前のこれからの人生を貰い受ける。覚悟を決めてくれ」
 真剣な口調でそう告げる。
「僕の覚悟はもう決まっているよ」
 そう答えて、シンは微笑んだ。

「全てを失っても、タウがいればそれでもいい」
「……家族は?」
「入学してから、一度も僕に面会がなかったことを知っているくせに」
「……魔法は?」
「要らない」
 きっぱりとそう答える。
 そんなシンを見つめたまま、こくりと頷いて、タウは立ち上がった。

「俺に任せろ。必ずお前を連れて行く。手放しはしない」
 部屋を後にする時、扉の前で振り返り、タウはそう告げた。笑みを浮かべて、シンはその言葉に頷いた。
 タウを見送り、窓から射す綺麗な朝焼けに視線を移す。

 一番欲しいものを、手に入れた。
 それだけで、何があっても、後悔しない。

 たとえ全てを失くしても、タウと生きる新しい人生にそれ以上のものを見つけてやる。
 タウにも決して後悔はさせない。

 綺麗な蒼い瞳に朝の光を映して、シンは心の中でそう決意した。



 その日、シンは学院を去った。
 その能力を惜しんだ学院側からは、予想以上の抵抗があった。
 それでも、3人しかいない卒業予定者の内、2人を同時に失う可能性を楯に取られては、学院側もタウの提案を呑むしかなかった。

 シンの進路は変更された。学院側が予定していた進路先は白紙に戻された。
 そして、タウはシンと生きることを学院側に認めさせた。

 ただし、シンの魔法能力は、全て封印された。
 魔法使いとしてではなく、ただの人としてならば、それが学院側の最大限の譲歩だった。

 その条件を、シンはあっさりと呑んだ。
 そうして、呪文を唱えることの出来ない身となって、その日一足先に学院を後にした。



 そして、卒業の日――。
 学院の門には、卒業したタウを迎える、シンの姿があった。

 それは、これまで見たどの笑顔よりも、素敵な笑顔だった――。


     ……Fin.




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