IZ-News 09年04月号より
ゲバラ日記(ボリビア日記)

映画「チェ」二部作(注1)の原作となっているチェ・ゲバラ(注2)の著書2冊の内、「革命戦争回顧録」の紹介を先月の本欄で行った。今月はもう1冊、「ゲバラ日記」である。

この作品は、文字通りの「日記」である。出版用の加筆や編集などはまったくない。何故ならば、日記に記された最後の日の翌日、ゲバラはボリビア政府軍に捕らえられ、さらにその翌日、殺害されたからである。日記は、ゲバラが新生キューバの政府と党の要職を投げうち、ボリビアに渡り、山岳ゲリラ隊を立ち上げた1966年11月7日から1967年10月7日までの11ヶ月間、1日も休むことなく記されている。この克明な記録のおかげで、私たちは、この日記がなければ絶対に知ることのない、遠い南アメリカ山中でのゲリラたちの日常と行動、さらには彼らの想いまでをも知ることができる。

ゲバラの死後40年以上が経った現在、世界でも日本でもゲバラはある種の象徴と化し、彼の肖像はTシャツやJリーグの応援旗、TVコマーシャルなど、いたるところに溢れている。だが、私は、彼を革命家・政治家、ましてや「象徴的存在」としてよりも何よりも、「記録の人」として評価したいと考えている。

食料・水・寝所などに事欠き、敵軍はもとより虻・蚊・ダニなどの間断ない襲撃にさらされ、道なき道を山刀をふるいながら常に移動し続けなければならないゲリラの生活は、とてつもなく過酷だ。加えてゲバラは喘息持ちで、度々発作に見舞われるのに医薬品を失ってしまい、悲惨な状態になる。呼吸困難のあまり、ついに自制心を失って馬に斬りつける事件まで発生している。このような状況でありながら、1日も欠かさず日記をつけ、その日の出来事をまとめるという作業を彼が続けたこと自体、驚きに値する。しかもゲバラは毎月の終わりには、これも欠かさず、その月のまとめとして、各種の考察を行っている。つまり、中間サマリである。

ゲバラにこのような記録を為さしめたのは、先月の本欄でも記したように、おそらく彼の「人間への愛情と真実への尊敬」であったろう。医療の世界で記録に携わるわれわれとしても、ゲバラの姿勢には是非とも学ぶべきだ、と、私は思うのである。

注1)「チェ 28歳の革命」「チェ 39歳 別れの手紙」
注2)チェ・ゲバラ(1928〜1967):アルゼンチン生まれ。医師。1956年よりキューバ革命に参加。1959年に発足したキューバ革命政府で要職を歴任。1965年、キューバを離れる。1967年、南米革命のためボリビアで山岳ゲリラ戦を戦っていたが政府軍に捕縛、銃殺される。


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