IZUMINO-izm 15年05月号より
個人情報保護法施行から10年(3)

個人情報保護法が施行されたのは2005年。その1年後、私は労働者住民医療機関連絡会議(以下、労住医連)の機関誌「労働者住民医療」に文章を寄せた(2006年9月)。労住医連に参加する医療従事者らが順に「私の夢」を語るシリーズ記事の一環である。で、その最後の箇所でこう書いた。

私の夢……。そうだなあ、例えば10年後。誰かがこんな会話を交わしているのを目撃することだろうか。 「10年前は医療不信がものすごく、マスコミでも事故だの捏造だのと騒がれていたけど、今はすっかり医療者も患者も成熟したね。考えてみれば、転機になったのは個人情報保護法だったね。」
このように書いたが、実はちょうどこの頃、個人情報保護法とはまた別の文脈で、ひとつの転機があった。「医療崩壊」という言葉の出現である。この言葉の出現以前は、わが国のマスコミの大勢は「医師叩き」「医師会叩き」が主調であった。その背後で近年、医師不足をはじめとした地域医療の荒廃が進み、そしてこの頃、問題が急速に表面化したのだった。この事態を言い表すのに絶妙のタイミングで現れた絶妙なネーミングが「医療崩壊」であった。以降、マスコミの論調も大きく変わった。

ただ一方、私の見たところ、ある種の反動というべきか、行き過ぎといえなくもない現象が生じている。医療事故など医療問題に対する告発者・批判者などを医療崩壊の犯人と言わんばかりに、過剰に敵視する傾向が一部の医療従事者の間に見られるのである。ネット上には、このような「誹謗中傷」の書き込みが溢れている。私が「夢」に描いた医療従事者-患者関係の「成熟」とは逆行する動きだ。なんとか、この「ねじれ」を解きほぐす手立てはないか…?

私が思うに、ひとつポイントになりそうなのは、やはり個人情報保護法である。医療現場の実態を伝える原資料は診療情報・診療記録をおいて他にない。診療情報を医療従事者間のみならず医療従事者-患者間で適切に共有することが相互理解の鍵になる。こうした診療情報、すなわち患者の個人情報取り扱いに係る基本ルールが個人情報保護法であることを鑑みるならば、やはり同法は医療従事者-患者関係の「成熟」のための梃子になるはずだ。同法施行10年の今、そんなことをつらつら考えている。


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