IZUMINO-izm 15年10月号より
ササラ型とタコツボ型

先月述べた「日本の医学部の100年問題」の続きである。
「日本の医学部の100年問題」がもたらしたものは、ディオバン問題など臨床研究に関わる不祥事の数々だけではない。医学-医療界における近代統計学(医学分野では生物統計学、疫学)の貧困は、水俣病事件などのさいの医学界の不適切な対応をもたらしたと、津田敏秀は述べている※1。彼によれば、「水俣病や薬害事件などの日本の保健医療領域の数々の大参事は、数量化の知識をまったく欠いた大学医学部の教授たちが、「専門家」として非科学的な誤った判断を下したために生じた」と、まったく容赦がない。

さて、ところで、「日本の医学部の100年問題」は、明治期に医学の各分野を縦割りで輸入した構造が温存され、その各分野のベース(=科学の文法)たる近代統計学の本格的導入を怠ったことによって生じたと先月書いた。これとまったく同じことを今から50年以上も前に、日本社会の「型」として語っているのは、戦後派知識人として高名な丸山眞男である。彼はこのことを、ササラ型とタコツボ型という例えを用いて説明している※2。 (以下引用)


ササラというのは(略)竹の先を細かくいくつにも割ったものです。(略)タコツボっていうのは文字通りそれぞれ孤立したタコツボが並列している型であります。(略)ヨーロッパではそういう個別科学の根はみんな共通なのです。(略)ササラ型ということです。それが共通の根をきりすてて、ササラの上の端の方の個別化された形態が日本に移植され、それが大学などの学部や科の分類となった。(略)おのおのの科学をほり下げて行くと共通の根にぶつからないで、各学科がみんなタコツボになっている。
このような背景で「医学アカデミアにおけるデータサイエンスの空洞化」は起きたのである。 (続く)

※1.津田敏秀:医学的根拠とは何か、岩波新書、2013年
※2.丸山眞男:日本の思想、岩波新書、1961年


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