大リーグボール1号と2号先月の本欄で、私が中学生の時、ブルーバックスを読むのが仲間うちで流行ったと書いた。当時、私たちが競い合って読んだのは、何といっても都筑卓司(1928-2002)の諸著作である。「四次元の世界」や「タイムマシンの話」、熱力学第二法則(エントロピー増大の法則)をテーマにした「マックスウェルの悪魔」など。いずれも内容はろくに理解できなかったが、それでも背伸びして読んだものだ。日常の生活感覚と異なる、科学という別世界に、私はとにかく憧れを抱いた。
都筑氏の著作の中で、今でも鮮明に覚えているのは、「不確定性原理」の中に出てくる大リーグボール1号と2号のエピソードだ。
大リーグボールとは、当時少年漫画誌に連載中だった野球漫画「巨人の星」に登場する魔球の名前。1号は、打者方向へ向かう投球を避けようと打者が身をのけ反らせた瞬間、ボールが鋭く変化して打者のバットに命中し、凡打に打ち取るというもの。そして2号は有名な“消える魔球”。「不確定性原理」が出版されたのは大リーグボール2号がなぜ消えるのか、漫画上で謎解きがなされる前。そこで都築氏は以下のように推理をはたらかせるのだった。
都筑氏によれば、大リーグボール1号と2号の違いは、古典物理学と現代物理学の違いなのだという。つまり、大リーグボール1号の場合、ボールに対して打者がどう反応し、バットがどの位置に行くかを予測し、そのバットにボールを命中させるため、ボールの軌道を、つまり向き、力、回転を完全に制御する。因果律と力学を精密に組み合わせた古典物理学の極致だといえる。一方、大リーグボール2号の振る舞いは、古典物理学では説明のつかない量子(原子、電子、素粒子など)の振る舞いだという※。量子にあっては、物質の運動量と位置を同時に正確に把握することは不可能である(これを不確定性原理という)。だから大リーグボール2号は、飛んでいるときは「見えず」、キャッチャーミットに当たって「姿を現す」。「見えない」というのは、このとき物質(=ボール)はある場所にピンポイントで存在するのではなく、一定の範囲に確率論的に存在する、と。何やら、哲学的でわけの分からない話のようでもある……。
もっとも、この後、「巨人の星」の方では、ボールが「消える」秘密について謎解きがなされる。実のところ、それはあまりにも陳腐で荒唐無稽、私にはがっかりな謎解きだった※※。同じ荒唐無稽なら、都築説の突き抜けようが素敵だ。
※ だから、量子論以降の物理学を、古典物理学と区別して、現代物理学と呼ぶ。
※※ 「青い虫が飛んできて青い葉にとまる」というのがその答えだが、詳細は省く。
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