IZUMINO-izm 20年12月号より
亡父の教え

先々月先月に続き、「私がこれまでの仕事のやり方として大切にしてきたこと」の第三弾である。
10年前に死んだ私の父は左官の職人だった。子供の頃に両親をなくし、国民学校卒業とともに親戚宅で農業手伝いをしていたが、折り合いが悪くなり、東京に出て、左官の弟子修業を始めた。その後、工務店勤務などを経て地元に戻り、やがて一人親方となった。

私の少年時代、学校が休みの日など、たまに父の手伝いで現場に入ることがあった。といっても、モルタルを練ったり、それを猫車(一輪車)で運ぶ程度の仕事である。ある時、現場で言った父の言葉がとても印象に残っている。

「仕事は、後片付けまでやって、はじめて仕事と言えるんや。」

たしかその時の父の言葉は、今どきの若い大工へのぼやきの言葉だったと記憶している。左官の仕事は大工の仕事のあとに始まる。後片付けがろくにできない「今どきの若い奴」を苦々しく思っての言葉だったのだと思う。

とはいえ、私は大学入学のため地元を離れて以降30年あまり、父の死までろくに父と接していなかったが、父は自身の死に対する段取りのつけかたは見事だった。長く左官をやり、アスベストも吸っていたはずだが、死の数年前に間質性肺炎と診断され、心筋梗塞も経験し、最期はHOT導入していたので死期を悟っていたのだろう。葬式の段取りから何から見事に自身の始末をつけたのだった。

私は両親とはずっと離れて暮らしていたが、少年時代に聞いた「後片付けまでやって、はじめて仕事と言えるんや」という言葉は、働くようになってからもずっと心の奥に残っていた。私ももう今月で定年だが(だからといって今月で退職するわけではないが)、後進の人たちのひんしゅくを買うような辞めかただけはすまいと心に誓っている。


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