IZUMINO-izm 23年02月号より
1980年12月

先月、高知市では成人式が行われ、会場周辺は晴れ着姿の若者たちで賑わった。この光景を見ると、「私の新成人のときはこうだったな」といつも思い出す。と言っても、私は成人式には出席しなかった。当時の私は成人式に参加するなどナンセンスだと思っていた。

1981年1月当時、私は大学2回生で、すでにサークル活動中心の生活になっていて授業にはまったく出ていなかったが、活動歴はまだ浅く、活動家としてはうぶで、反帝まっしぐら1)だった。折しも1980年5月に韓国で光州事件2)があり、内乱陰謀罪などの嫌疑をかけられた金大中(後に大統領)は死刑にされそうだった。学内ではどの運動団体も「日韓連帯! 金大中死刑阻止!」を叫んでいた。9月17日、11月3日の軍事法廷はいずれも死刑判決。12月から1月にかけ、学内でも学外でも運動はいよいよ佳境を迎えていた。

さて、その12月。私たちは12月18日の教養部代議員大会(以下、C代大)3)をターゲットとして定め、闘いを進めた。まず12月5日、景気づけに集会をやった。寸劇あり、ミニコンサートありの賑やかな集会だった。コンサートには後に俳優として活躍する白竜を呼び、彼の「光州City」を歌ってもらった。なお、白竜バンドには小室哲哉が一時期参加していたと後に知った。それはこの頃のことだったのか……?

12月8日、ジョン・レノンが射殺された。この時、私たちはC代大に向け、代議員選出のためのクラ討を求め、連日クラ入り4)している最中だった。レノン射殺のニュースが報じられた朝だったと思うが、クラ入り時のアジ演説に対し、クラスの反応が薄い。そこで、私は同じクラ入りメンバーの中にいた1回生のYに「何でも良いから、ジョン・レノンについて喋れ」と命じた。自分にもできないことを下級生に唐突に指示したのだ。えらい無茶ぶりである。だが、Yは、「想像してごらん、国境などない、ただ地球があるってことを」という「イマジン」の歌詞に引きつけながら(たぶん)、日韓連帯を訴える演説を何とかやり遂げた。大したものだ。

肝腎のC代大だが、当日のことはまったく覚えていない5)。おそらく私にとっては、日韓連帯を掲げて闘ったこと自体が重要で、C代大が成立するかどうかといったようなことには関心がなかったのだ。

次号に続く

1)当時の私たちは、米帝や日帝、すなわちアメリカや日本の国家権力、および権力と結びついた資本家階級が、労働者や市民の生活や人権の主たる敵対者であると考えていた。
2)軍政下の韓国で発生した事件。民主化を求めて起ち上がった市民に対して軍が投入され、鎮圧。多数の死傷者が出た。
3)3回生以降の専門課程に入る前、1・2回生時代は教養部(Cと略)所属とされた。教養部は常に全学的な運動の中心舞台であった。代議員大会は、間接民主制による意思決定機関。
4)クラ討とはクラス討論のこと。クラ入りとは、活動家数人が班を組んで授業開始直前のクラスに押し入り、アジ演説を行ったり、ビラを撒いたりすること。
5)最近、当時のアジビラがネット上に公開されていることを知った。12・18C代大は不成立と判明。

mailto:agrito@mb.pikara.ne.jp