IZUMINO-izm 23年05月号より
孫さんのバタフライ・エフェクト (2)

(先月より続く)
前回、孫振斗さんや日本原水爆被害者団体協議会(略称:被団協)の国家補償を求める闘いが画期的な最高裁判決を勝ち取る一方、政府側のバックラッシュ(反動)としての基本懇答申「受忍論」が猛威を振るいだしたところまで述べた。今回はその続きである。

原爆被害から空襲など一般戦災へと拡大した「受忍論の波及」という事象だが、その波及の範囲は、もしかしたら戦時責任問題だけにとどまらないのかもしれない。私の記憶に強く残っているのは、高知営林署事件における高松高裁判決(1984.9.19)である。高知営林署事件とは、チェーンソー作業により振動障害に罹患した国有林労働者が、国の安全配慮義務違反を訴えて起こした損害賠償請求訴訟のことだ。高松高裁判決はたしか、新たな技術の開発により社会が便利になるのだから少々の犠牲は受忍せよと述べ、労働者の訴えを退けたのだった註1,2)。この時期、さまざまな分野の裁判で判決文に「受忍」というワードの使用が増えたのかどうか、私には実証の術がない。だが、この高松高裁判決を見たとき、たしかに私は「ここでも受忍論かよ!」と強く印象を持ったのである。

さて、ついでにもう一つエピソードを。あれはたしか橋本大二郎が高知県知事を辞して少し経った頃の話だ。たまたま橋本大二郎のブログか何かで、彼がNHK記者時代、孫振斗さんの取材をした経験について書いているのを見つけた。私が「私の大学時代のサークルの先輩たちが孫さんの支援に関わっていたんですよ」とメールを送ると、彼は私の名を見て、「そう言えば、福岡にも伊藤さんという女性の支援者がいましたね」とレスしてきた。

おいおい、何をおっしゃる大二郎。福岡の支援者で伊藤さんといえば、あの有名な伊藤ルイさんに決まっているではないか! 伊藤ルイ、1922年生、1996年没。大杉栄・伊藤野枝夫妻の四女である。大杉栄はアナーキズムの思想家。伊藤野枝は女性解放運動の草分け。関東大震災時の混乱の中、二人は甥の橘宗一とともに憲兵隊に殺された。いわゆる甘粕事件である註3)。伊藤ルイさんの生涯は松下竜一著「ルイズ ― 父に貰いし名は」註4)に詳しい。孫さんの裁判時、彼女は福岡で博多人形の職人をやりながら、裁判支援運動に加わっていたのだった。彼女が孫さんの裁判に関わるようになった経緯について私は知らないが、かたや官憲による両親の虐殺、かたや植民地支配-被爆-密航と、共に歴史の激しい波に晒されてきた経験を持つ二人である。何か引き寄せられるものがあったのだろうか。これもまた、もしかしたら「孫さんのバタフライ・エフェクト」という物語の一部なのかもしれないのである。


註1)ネットの判例検索で調べたのだが、判決文の当該箇所を見つけることはできなかった。この下りは私(伊藤)のあいまいな記憶のみに基づいて書いているので、少々不正確である。
註2)高知営林署事件は最高裁においても労働者側敗訴となった(1990.4.20)。
註3)参考:佐野眞一「甘粕正彦 乱心の曠野」、2008年、新潮社
註4)参考:松下竜一「ルイズ ― 父に貰いし名は」、2011年、講談社文芸文庫

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