IZUMINO-izm 24年1月号より
釜ヶ崎語 (2)

前号からの続き)
日雇い労働者の街として有名な釜ヶ崎(大阪市西成区あいりん地区)に私が通っていた80年代初頭、その地で使われていた独特の言葉や用語を紹介する、後編である。

ケタオチ(桁落ち)
ケタオチとはあるものが劣悪であることの形容詞として、労働者の間で頻繁に用いられた。元々の意味としては桁落ち、すなわち一桁落ちるということ。例えば飯場の場合、一定期間の仕事を終え、給料支払いの段階で、タオル代だの歯磨き代だのと経費が天引きされ、労働者が期待していた手取り額と比べて一桁落ちるような場合、文字通りのケタオチとなる。
「あそこはケタオチだ」と労働者が語るとき、飯場と並んでよく聞かされたのは病院である。先月、行路(旅)病という言葉について説明したが、「行路(旅)病扱い」というのは患者の自己負担がなく、医療費がすべて公費から支払われるので、病院にとっては取りはぐれがないというメリットがある。なので、一定のマーケットが生じる。「行路病院」という言葉もあるらしい(近年はぐるぐる病院ともいう?)。だがその一方で、患者の多くが社会的に孤立した男性単身者であることもあって、立場の弱さゆえに処遇が劣悪となる傾向があったと思われる。
なお、ケタオチという言葉は、劣悪という意味からさらに単なる罵り言葉へと意味を拡げていった。「このケタオチ野郎!」というのは、「このクソ野郎!」というのと同じ意味である。

トンコ
トンズラのこと。釜ヶ崎ではもっぱらトンコの語が使われていた。どこからトンコするかというと、よく聞いたのは「ケタオチ病院から」という言葉。無断退院ということだろうが、そういった「行路病院」にとっては、トンコも織り込み済みだったかもしれない。

シノギ
シノギというと世間的にはヤクザの収入源のことを指す。具体的な行為としては、その意味するところは幅広い。だが釜ヶ崎でシノギというと、ずばり路上強盗のことを指す。年末年始には飯場での仕事を終えて釜ヶ崎に帰ってきた、懐の少し温まった労働者が、夜は飲み屋で一杯やり、良い気分で通りを歩いていたりする。こういう労働者がシノギの格好のターゲットとなる。彼らの多くは2人1組で、労働者を殴ったり羽交い絞めしたりする係と財布を抜き取る係との分業制である。シノギには10代くらいの若者もいると聞いた。越冬闘争では労働者をシノギ被害から守るため、警備班というチームをつくり、夜通しで待機しながら定期的に夜間パトロールに出動したりしていたものだ。


かつて釜ヶ崎は単身男性日雇い労働者の街だったが、いまの釜ヶ崎はどちらかというと単身男性貧困高齢者の街になっている。私も随分と足が遠のいたままになっているが、釜ヶ崎語も変容を余儀なくされているのだろうか。興味あるところである。

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