Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 2つの月 


「……ぅくッ、……んんッ!」
 暗黒の世界で、少年は何度目かの精を放った。
 体力の回復する間もなく、次の相手が圧し掛かってくる。
 その重みに少しだけ眉を潜めて、少年は、遠くに存在する小さな窓に視線を送った。

 寒々とした蒼い月と、血のような紅い月を、黒真珠のような瞳に映して。



 暗闇の中、少年らしいしなやかな肢体が跳ね上がる。
 華奢なその身体が、頭に角を、口に牙を持った、闇の住人の愛撫を受け入れていく。

「はぁ……ッ、……あッ、……はぁッ、はぁッ、」
 息を吐いて、少年は身体の奥に全てを受け入れた。一息吐くかどうかの時間を置いて、激しく動き始めた相手の身体に合わせて、少年も自分の身体を動かしていく。
 そうすることで、この行為がもたらす痛みを和らげることが出来ることを、少年の身体はよく知っていた。

 それは何年にも渡って繰り返されてきた日々の中で、少年が覚えた唯一のことである。

 自分が何者かなんて、分からなかったし、知る必要もなかった。
 気がつけば、少年は『此処』にいた。

 この2つの月が支配する世界に。

「……んッ!」
 一際激しく衝かれ、彼は背を反らした。身体の奥に相手が放った熱を感じる。そしてようやく自分の中から相手が出て行くのを感じて、少年は大きく息を吐いた。
 闇に慣れた少年の瞳が、次の相手を確認する。そして少年はもう一度、遠い月を見上げた。
 輝く黒真珠の瞳で――。


「……良い眼をしている」
 こんな風に話し掛けられることは初めてだった。
 ぼにゃりと2つの月を見ていた黒真珠の双眸を動かし、少年は相手の姿を確認した。

 全ての闇を集めたような、漆黒の長い黒髪。その頭には、捩れた2本の角。
 そして、暗闇の世界にも鮮やかな真紅の双眸が少年を見下ろしていた。

「お前、名は?」
 静かな、それでいて威圧的な声が少年に問い掛けてくる。
 纏う空気が目の前の存在の実力を少年に突きつけていた。魔界に5人しかいない王と呼ばれる存在である。機嫌を損なえば無事では済まない。
「…………」
 だが、答える術も知らない少年は、輝く黒真珠の双眸でその存在を見上げるしかなかった。
 怯むことを知らない黒真珠の瞳が、真っ直ぐに魔王の姿を捉える。

 暗闇に閉ざされたはずの世界で、ないはずの光を湛えて――。

「気に入った。……生かしておいてやろう」
 短くそう告げると、魔王は不思議な声色で何かを囁いた。次の瞬間、少年のしなやかな四肢は大きく左右に開かれ、見えない力が少年の自由を奪った。

「この世界に堕とされて、尚も輝きを失わぬその眼」
 暗闇に魔王の声が響く。
 そして、施されていく愛撫に抑えることを知らない少年の嬌声だけが響いた。
「……あッ、……んッ、はぁ……ッ、あ、あ、あッ、……ああぁッ!」
 大きな快楽の波に、少年の身体が小刻みに震えた。
 いつも成されてきた行為は常に一方的なもので、相手が少年の反応を顧みることはなかった。快楽を求める相手に対し、少年は出来るだけ苦痛を感じないように身体を動かすだけで良かった。もちろんその行為の中に感じ、精を放つこともある。だが、こんな快楽は初めてだった。
 そんな少年の反応を楽しむかのように、魔王は少年の欲情を煽った。それでいて開放を許さず、少年を責め続ける。
「……あ、あ、あ……ッ、んッ、う、うう……ッ、あッ、ん、……あッ、うッ」
 大きく頭を左右に振り、少年は両膝を開いた。
 自ら求めるのも初めてのことだった。
 羞恥心など知らない。言葉すら知らない。
 ただ本能に任せて、少年は開放を求め、魔王の身体を引き寄せた。
「あ、……はぁ……ッ、ふ、……あ、あ、あ……ッ!」
 魔王の侵入を受け入れて、少年が腰を揺らめかせる。そして少年は奥を締め付けて魔王を身体の奥まで導いた。
「あ……ッ、ふ……ぅ、」
 身体を満たす圧迫感に、少年は安堵の吐息を落とした。
 汗で張り付く黒髪を、少年の手が掻き上げる。
 そして輝く黒真珠の瞳で、少年は魔王を見上げた。
「皮肉だな。陽の光など、その瞳に映したことすらないはずなのに」
 そう呟き、魔王は少年の瞳を覗き込んだ。不思議なことに闇色のその瞳は陽の光より輝いて見える。
「面白い」
 その言葉とともに、魔王は少年の身体を抱き起こした。そのまま自分の膝に抱えるような格好でぐいっと少年の奥を突き上げる。
「……あッ、あッ!」
 反射的にぎゅっと締め付けてくる少年の内部に、魔王は口元に笑みを浮かべた。
「ほら、次はどう動くんだ?」
 細めた真紅の双眸で少年を見つめる。魔王の膝の上、広いその肩に縋るようにして少年は腰を揺らした。そうして少しでも快楽を感じ取れるように深く深く魔王のものを飲み込んだ後、少年はゆっくりと身体を上下に動かし始めた。
「……はぁ……ッ、んッ、あッ、……あッ、あッ、あ……ッ、あッ!」
 声を上げ徐々に上り詰めていく姿を、真紅の双眸が楽しげに見つめた。



「……1つ1つ、お前に教えてやろう」
 魔王の腕に支えられ、少年がぐっと背を反らす。そして魔王の腹に精を放ち、少年はやっと全身の力を抜いた。その黒髪に長い指を絡めながら、魔王が楽しげに言葉を紡いでいく。
「まずは言葉を。次にこの世界のことを。そして、お前がいるはずだった世界のことを」
 楽しげに細められた真紅の瞳に、胸元から見上げてくる黒真珠の視線がぶつかる。
「最後にお前がどういう経緯で生まれ出で、どういう経緯で此処に堕とされ、そしてどういう運命を持つかを」
 喉の奥でくくっと笑い、魔王は輝き続ける黒真珠の瞳に手を伸ばした。長い指が、その瞳を抉り取る寸前で動きを止める。
「全てを知ったとき、その瞳から光が消え失せるのを我の愉しみとしよう……」
 そう告げて、魔王は紅い口元に笑みを浮かべた。


「闇に溶け込むような黒髪と黒真珠の瞳。それでいて、お前自身見たこともないはずの光を纏う、か」
 浅い寝息を立てる少年の、今は閉ざされた黒真珠の瞳を思い起こしながら、魔王はそう呟いた。



「……来い。お前に名をやろう」
 真紅の双眸が、少年を見下ろす。
「お前を、ディーンと呼ぶ」
 そう告げて、魔王ジルバスクは口元で笑った。
 輝く黒真珠の瞳が、真紅の双眸を真っ直ぐに見上げる。



 暗黒の世界に浮かぶ二つの月。
 禍々しい色を纏ったその月たちが、不気味に笑った。

      ……Fin.




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