Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 湖底の囁き 


 きらきらきら。
 木漏れ陽が降り注ぐ。若草の上に寝転んで、セラティンは翡翠色の瞳にその光景を映し出した。大きく1つ伸びをする。そうして深呼吸すると、セラティンの胸いっぱいに若葉の香りが拡がった。

「気持ちいい……」
 その瞳に焼き付けるように、セラティンは愛しいこの世界を見つめた。
 新しい若葉の季節だ。
 まだ幼い色をした若葉に、惜しむことのない光が降り注いでいた。そうして、木々を渡る風がその葉を揺らすたびに、大地に描かれた光模様が変化していった。
 若葉はやがて成長し、木々を大きくしていくだろう。そしていつかは色を変え、降り注ぐ陽の光とともに、大地に辿り着くだろう。そうして、降り積もった枯れ葉は、やがて再び木々に還っていくのだ。
 繰り返される、生命の営み。
 生きている世界が、ここにある。

「……綺麗だ」
 もう一度声にして、セラティンは瞳を伏せた。

 閉ざした瞳に映るのは、美しいもう1つの故郷、湖底都市ヴィンダーフィル。
 そうして、滅び行くその都市を守ろうと、必死に生きた同胞たち。

 誰かを犠牲にしなきゃいけない世界なんて、間違っている――。

 そう思い、ヴィンダーフィルに終止符を打ったのは、セラティンだ。その決断に悔いはない。
 その瞬間、ヴィンダーフィルに陽の光が射し込んだ。湖底人たちは、後ろ髪を惹かれながら、新しい世界へと旅立った。
 そして――。

「セラ、」
 名を呼ばれ、セラティンは瞳を開いた。
 セラティンの翡翠色の瞳に、木漏れ陽が飛び込んでくる。同時に、光に包まれたその声の主を瞳に映して、セラティンは笑顔を浮かべた。
「ラスク。……大丈夫だよ」
 そう答えて、セラティンは心配性の恋人を見上げた。伸ばしたセラティンの手が、さらさらと流れるラスクの黒髪に触れる。その感触をしばし楽しんだ後、セラティンはラスクの頬へと指先を滑らせた。
「あったかい……」
 セラティンの指先が、ラスクの熱を伝えた。その熱に、セラティンの鼓動は跳ねた。
 どくん、どくん……。
 生きている、確かな証だ。
「セラ、」
 もう一度そう名前を呼んで、ラスクはそんなセラティンの様子をじっと見つめた。
「……セラ、私は幸せです」
 セラティンの頬にそっと触れながら、ラスクは笑みを浮かべた。
「とても、幸せです」
 そう告げるラスクの声が、木々を渡る風に溶け込んでいく。
 光を浴びて微笑むラスクを瞳に映して、セラティンもふわりと微笑んだ。そのまま、ラスクの黒髪に指を絡めると、セラティンはラスクの身体を引き寄せた。
「あ……、っと」
 セラティンの身体を押し潰さないように、ラスクが慌てて腕を伸ばす。
「要らない」
 笑顔のまま、セラティンはその腕を絡め取った。支えを失ったラスクが、セラティンの上に倒れてくる。もつれ合う2人の身体を、若草の絨毯がしっかりと受け止めた。
「……ん、」
 瞳を伏せて、唇を重ねる。
 さわさわ、と風が流れた。遠くで、鳥が囀る声が聞こえた。

「生まれてきて、本当に良かった……。判る? ラスク」
「ええ、判ります」
 互いの瞳に、笑顔を映し合う。
 そうして、瞳の中の大切な存在がもっと幸せになれるように、2人はもう一度微笑み合った。

 セラティンの大好きな大気が、そこにあった。
 若葉の香りを運ぶ風。大地に光模様を描く木々。降り注ぐ陽の光。


 大切にしたい。
 生命が息吹く、この世界を。

 大切にしたい。
 出会ったすべてのものを。

 大切にしたい。
 生まれてきた自分たちを。


 陽の光に、湖面がきらきらと輝く。

 それでいい――。

 そう囁く声が、湖底から聞こえたような気がした。

    …Fin.




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