Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 今、想いを声に…… 

 後編−祝福− 


 綺麗な夕陽が、街を紅く染め上げていた。
 王城からそう離れていない位置に、その屋敷はあった。石造りのその家は周りの建物より一回り大きく、夕陽の色に染まって美しい影を落としていた。
 この6年間、主をなくしていたその屋敷の門をくぐる。
 そうして、門の外で足を止めたハインツに向かって、ラインハルトは右手を差し出した。

「ハインツ」
 伸ばした手をじっと見つめたまま、ハインツは少し考え込んでいるようであった。

 ――6年の隔たりがある。

 以前、『愛している』と想いを告げたとき、ハインツは泣いた。怖くて答えられない、と。
 それでも、答えを見つけたいとそう言われて、旅立つハインツを見送った。
 1年間――。
 たったの1年が、気が遠くなるほど長く思えた。
 返事が来ない手紙を書き続けたのは、ハインツに忘れ去られることを恐れていたのだと、自分自身そう認識している。

 再会を待ち望んでいた。
 同時にハインツが出す答えに少なからず不安も感じていた。

 離れた場所で、互いに時を刻んだ1年間であった。

 そして、共に時を刻めなかった6年間がある――。

 自分にとってはほんの数日前、だがハインツにとっては6年も前の出来事である。

 今更、あの時の答えが欲しい、と言ってしまってもいいのだろうか――。

 ――不安が募る。


 それでも、
「私の気持ちは変わらない」
 そう言葉にして、ラインハルトは漆黒の瞳にハインツの姿を映し出した。
 そうして、
「お前の答えをもらってもいいだろうか?」
 よく響く低音の声で、ラインハルトはそう尋ねた。

 ラインハルトの瞳の中、ハインツが顔を上げる。
 変わらない綺麗な切れ長の瞳が、真っ直ぐにラインハルトを見つめ返した。
 口元に微かに浮かべた笑みが、極上の微笑へと変化していく。

「まるで、求婚されてるみてぇ」
 そう言いながら、ハインツはラインハルトの手を取った。
 そのまま自分の胸元へとラインハルトの手を導く。
「ほら、すっげぇどきどきしてる」
 触れた指先から、ハインツの鼓動が伝わってきた。
 早鐘のような鼓動はハインツのものか、それとも――。

「ラインハルト、あんたが好きだ」
 ハインツの声が届く。

「あんたに出会ってからともに過ごした5年、俺はあんたのことばかり想っていた。離れて過ごした1年、あんたを想わない日は1日もなかった。……あんたを失って6年、あんたを忘れることなどできなかった」
 ハインツの想いが、一言一言しっかりと届けられてくる。
「ハインツ」
 もう一度そう名を呼んで、ラインハルトは合わせた指を絡めハインツの身体を抱き寄せた。
 力いっぱい抱き締めると、一回り細くなった身体に気付いた。
 ハインツが過ごしたであろう6年を想うと、胸が痛んだ。

 幸せにしたい。
 2度と泣かせない、そう心に誓う。

 そうして、笑顔を浮かべるハインツを抱き上げて、ラインハルトは屋敷へと歩を進めた。


 
 逸る気持ちを抑えられず、ラインハルトは真っ直ぐに寝室へと向かった。
 大きなその寝台の上に、ハインツの身体を下ろす。

「ハインツ、お前が欲しい」
 そう宣言すると、少し驚いたようにハインツは薄紫色のその瞳を見開いた。
「プロポーズの後は、もう初夜?」
 笑みを浮かべて見上げてくる。
 そして、
「俺も、あんたが欲しい」
 綺麗な切れ長の瞳にラインハルトの姿を映したまま、ハインツはそう答えてきた。

 口付けながら、ハインツの身体を寝台に押し倒すと、見事な黒髪が乱れて、白い寝布の上に波を描いた。
「……はぁ……っ、」
 微かに開かれた歯列の隙間から舌を差し入れる。そのまま舌先で口腔内を貪り、触れてくるハインツの舌を絡め取って吸い上げると、喉の奥から擦れた吐息が零れた。
 熱くなる吐息と互いの唾液が絡まる音が響く。
「……ライン、ハルト……ッ、……ちょっ、と、……苦し、い、」  激しすぎる口付けに呼吸を乱され、ハインツが微かな抗議の声を上げた。そうして、ハインツは片手でラインハルトの胸板を押し上げた。その手を掴まえて寝台に縫い付ける。

 自分らしくもなく、焦っている。
 その自覚はあった。

 時折見せるハインツの変化に、6年の隔たりを認識させられる――。
 ずっと心配し続けていた、見守り続けていた、ハインツの危うさ。
 誰よりも強く愛を求めながら、それでいて誰かを傷つけてしまうことに敏感で、愛することを恐れ、逃げ出してしまう――。
 今のハインツには、その危うさが見られなかった。

 『好きだ』と真っ直ぐにそう答え、『欲しい』と手を伸ばしてくる――。

 嬉しい変化であるはずなのに、その変化を導いたのが自分でないとそう思えて、不思議な焦りを感じた。

 隙間を埋めたくて、性急にハインツの身体を開いていく。

「ライン、ハルト……ッ、あ、」
 もどかしい指でシャツをたくし上げ、白い肌を暴く。引き締まった細い腰に指を滑らせると、ハインツの唇から小さな声が上がった。
「……これ、は……?」
 その肌に残る傷跡。
 1つではない。ハインツの肌には幾つもの傷跡があった。中には明らかに深手と思われるものも。
 以前抱いたときにはなかった傷跡――。
 なのに、そのいずれもが既に古い傷跡となっている。

「随分、戦場を駆け回ったからな……」
 傷跡を見つめたまま動けずにいると、溜め息交じりにハインツがそう答えた。
「気になるか……?」
 その声は何処か不安げで、ラインハルトはハインツの身体を抱き締めた。

 きつく抱き締める。
 僅かな隙間さえ埋め尽くすように。


「あ、あ……ッ!」
 敏感なその身体が跳ねる度に、ラインハルトはその場所に刻印を刻んだ。
 視線を上げると、熱を帯びた薄紫色の瞳と視線が合う。 「……あ、あ……ッ、ラインハルト……ッ」
 上がっていく吐息の中、ハインツは何度もそう名前を呼んだ。時にはラインハルトの褐色の短髪に指を絡ませ、無理矢理に自分の方を向かせようとする。
 そうして、何かを確認するとやっと安堵した表情を浮かべて、ハインツは再び快楽に身を任せた。


「……あッ、……ん、……んんッ!」
 膝を割ると、ハインツが息を呑むのが判った。強張る脚をやんわりと押しやり、ハインツの中心へと指を滑らせていく。そうして後蕾にそっと触れると、ハインツは全身を硬直させた。
 ハインツの怯えが伝わってくる。
 ハインツはかつて見知らぬ男に身体を任せたことがある。その時に酷い扱いを受けたらしいことは、ラインハルトもフリードリヒから聞いていた。半ば無理矢理にハインツを抱いたあの日、その事実とともに激しく叱責されたのだ。

「……本当は少し、怖い……」
 動揺が伝わったのだろうか。ハインツの薄紫色の瞳が見上げてきた。
「でも、あんただけは別だ……」
 そう言って、ハインツはまだ少し震えている両手を伸ばした。
「あんたに抱かれた夜、幸せすぎてどうにかなりそうだった……」
 ハインツの両手がぎゅっと抱き締めてくる。必死に想いを伝えてくる。

「夢、じゃないよな?」
 その声は何処か痛々しくて、
「目、覚めても、いなくなったりしないよな?」
 胸が軋んだ。

 どうしたらこの隙間を埋めることが出来るのだろう?

「傍にいる。ずっとお前の傍にいる」
 いくら言葉にしても全然足りない。

 脚を開かせ、香油とともに指を侵入させる。その途端、ハインツの喉から苦痛の声が上がった。
 それでも、
「気に、しなくていから……ッ、動いて、いいから、」
 苦しい息の下、ハインツは何度もそう繰り返した。
 潤んだ瞳は、必死にラインハルトを見つめ続ける。
「ラインハルト……ッ、あんたが、欲しい……ッ!」

 その瞬間、ぞくり、と、ラインハルトの中で何かが粟立った。

 解しかけたその場所に自分のものを宛がうと、ラインハルトは性急過ぎる動作でハインツの中に押し入った。
「ぅくッ、――んんッ!」
 ハインツの両脚がびくん、と跳ね上がる。その脚を抱えるようにして一気に奥まで突き上げた。ハインツの喉から悲鳴が上がる。
 奥まで繋がってなお焦燥感は大きくなる。

 昔と同じ表情を探してしまう。
 昔と違う表情を見つけてしまう。

 自分は一体、ハインツをどうしたいのだろう?

 欲望のままにハインツを掻き抱いた。
 必死に応えてくれるその姿に、無理矢理安堵しようとした。

「――ッ、」
 大きく腰を動かして、ハインツの中に欲望を放つ。
 ようやく落とした吐息の向こう、薄紫色の瞳が真っ直ぐに見つめていた。

「ハインツ……、」
「俺、変わった……?」
 その言葉に、どきりとする。
「……あんたが、変えたんだからな」
 真っ直ぐに見つめてくる瞳。
「あんたのために、生きてきたんだから」
 躊躇うことなく伸ばされる両手。

 その1つ1つが、確かにハインツなのだ。

「もう離さないぜ」
 そう言って、ハインツは微笑った。


 これから一緒に刻んでいく時がある。
 お互いにどんどん変わっていくこともある。
 焦りやもどかしさ。
 きっとこれからも何度だって味わうのだろう。

 でも、何千回、何万回だって、言葉にしよう。
 声に出して言おう。
 伝え合おう。

「愛している」
 そう告げると、ハインツが嬉しそうに笑った。

 窓から瞬く星空が見えた。
 その光を浴びて、見事な黒髪が輝いていた。

          ……Fin.




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