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『……お前を愛しているんだ』
あの夜、少しだけ戸惑いがちに、それでも真っ直ぐな漆黒の瞳で、ラインハルトはそう告げた。
あの時、答えることが出来ていたら、何か変わっていただろうか――?
少なくとも、今こうして、涙も枯れ果てた瞳でラインハルトの墓碑を見つめる、そんなことにはならなかったのかも知れない。
ラストア王城の北西に位置する小高い丘。
墓碑が並ぶその場所で、一際大きなその墓碑に刻まれた『ラインハルト=フォン=アウエンバッハ』という名前を、ハインツは見下ろしていた。切れ長な薄紫色のその瞳に、押し隠した哀しみの色が浮かぶ。騎士隊服を纏い、真っ直ぐに背筋を伸ばして立つハインツの足元には、朝陽が影を作り出していた。線は細いが均整が取れた美しいその影に、一つに束ねた長い髪が風に舞う。
ラインハルトが愛した艶やかな黒髪は、腰まで届く長さになっていた。
『折角綺麗な髪してるんだから、伸ばせよ』
そう言って、ラインハルトは笑った。
『――俺に勝ったらな』
そう答えて以来、二月に一度、剣を交わすのが習慣になった。
ラインハルトが勝ったら伸ばす、ハインツが勝ったら切る。
そんな些細なやり取りが、今ではとてつもなく遠い――。
(ラインハルト……)
声に出来なかった想いだけが、風に消えていく。
腰に提げた剣の柄を握り締め、形の良い唇を噛み締めて、ハインツは瞳を伏せた。
ラインハルトを亡くしたあの日、燃え盛る街と陥落した王城から消え去った旗が、今ではラストア王家の紋章を描いて、再び風に靡いている。
ただ、ラインハルトの姿は、そこにはなかった。