Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



  

 第6話 夢で会いましょう 


 ぼんやりとした頭で、フリードリヒは朝陽を見つめた。

「……放っていくか、普通……」
 そもそもあの王子に『普通』を求めることが間違いなのかも知れないが……。

「次の機会なんて与えてたまるか……」
 半ば悔し紛れにそうぼやいてみる。
 トウ王太子の指に、舌に、感じてしまった。それは間違いない事実だけれども――。

 身体を支配する倦怠感に、長椅子に身を横たえたままフリードリヒはふうっと長い息を吐いた。
 両腕を顔の上に置き瞳を伏せると、先程までの感覚が蘇ってくる。まだ身体の奥に熱がこもっているような気がした。
 蕩けそうな口付けを思い出す。
 そして、垣間見せる、あの笑顔――。

 惹かれてしまう。流される――。

(呆れたものだ……。危うく犯されそうだったというのに)
 そう考え、ふと思いつく。
(……犯される?)
 先程の行為の続きを想像して、ぞっとする。
 思わず自分から求めそうになったという事実はこの際置いといて、後ろにトウ王太子を受け入れる、その状況を考えると表情が凍りついた。

(……待てよ、嫁に行くとそう宣言しちゃったということは、そういうことを意味するのか)
 考え直して、頭を抱える。

(そういえば、さっき父上に宣言するとか何とか……)
 慌しい一日になりそうである。

(まあ、男同士の婚姻を、父上がどうお考えかは判らないけど……)
 だがあの父のことだから、『ガリル王国王太子妃』ならば、喜んで息子を売るかも知れない……。

(ん? 世継ぎを産んでやることは出来ないわけだから、正妃ではないのかな……?)
 一応、ラストア王国という大国の直系血筋なわけだから、対外的に側室という立場はどうなのだろう……?

(そもそもガリル王国では重婚は認められているのだろうか……?)
 ――まあ、どうでもいいけど。


 王家に生まれた以上、自分という切り札は王国のために使わなくてはならないとそう思ってきた。だから、常に一歩退いてきたような気がする。本気の恋をしないように――。

『そなたを愛している』
 確かにそう告げられた。その言葉を嬉しいとそう感じた。
『私を愛せ』
 そう言われた。
 愛することが出来るだろうか……。

 何となく、答えは判っているような気がした。
 そう、たぶん……。



 それから幾日か過ぎた午後――。

「夜は眠らない作戦か?」
 中庭にある木の根元でうとうとしていたら、そう声を掛けられた。
 視線を上げると、木漏れ陽の中にある空色の瞳が見えた。

「明日、帰国なさるとか……」
 先程父王から聞いた予定を問うと、「そうだ」と短く肯定された。安堵とともに何処か淋しさを覚える。

 『ガリル王国との姻戚関係』という魅力的な誘いに父と元老院がどう答えるのか、内心どきどきしていたが、ラストア王国では認められていない同性での婚姻、しかも現国王の第2王子、ということでさすがに即決とはいかなかった。結局、この度は予定通りの日程をこなした後、一旦自国に帰り、双方相談の上改めて申し入れることに落ち着いた。

 そして、トウ王太子の言葉どおり、この数日、フリードリヒは『夜眠らない作戦』に出ていた。

「……んんッ!」
 空色の瞳に見蕩れていると、突然唇を奪われる。
 もう何度口付けられたか、数え切れない。
 その度に、甘すぎるその感覚に腰砕けそうになる。
 そのままゆっくり押し倒されると、太陽の光を浴びた芝生の匂いがした。

「トウ王太子殿下……」
「呼び捨てで良い。私も呼び捨てよう。フリードリヒ」
 そう名を呼ばれると、何だか胸がとくん、と跳ねた。

「愛している。必ず迎えに来る」
 陽の光を浴びた空色の瞳が、真っ直ぐに見つめてくる。
 その言葉が嘘ではないことは、十分伝わってきた。
 だが同時に、王子という立場がどれだけ窮屈で自由がないかもよく知っているつもりだった。次に来られるのは、よくて半年先だろう。

 その頃には、この熱に浮かされたような恋情も落ち着きを取り戻しているかも知れない。

 同じことを思っているのだろうか、トウ王太子の空色の瞳が何処か哀しげに見えた。

(あ、泣きそう……)
 その瞳に哀しみが浮かぶのを見るのは辛くて、笑って欲しい、とそう願う。

(どうしよう? 笑っておく?)
 どうしてそう思ったのか、とにかく一旦微笑んでみる。

「同意と取るぞ」
 そう告げられ、笑顔が張り付く。
 だが、見つめてくるトウ王太子の笑顔があまりに嬉しそうなので、
「どうぞ」
 そう答えて、フリードリヒはもう一度笑顔を浮かべた。



 翌朝も、澄んだ青空だった。
 その青空を大きな灰色の瞳に映して、フリードリヒはトウ王太子一行を見送った。
 視線を巡らせると、綺麗な笑みを浮かべるハイネの姿を見つけた。その傍には何故かエンの姿も見える。

(……いつの間に……?)
 仲睦まじいその様子に少なからずの嫉妬も覚えたが、それより何より幸せそうなその笑顔に嬉しくなった。ふと視線を上げると、トウ王太子も口元に笑顔を浮かべながらハイネの姿を見つめていた。そんな姿には心が動かされる。

「どうした?」
 こちらに視線を戻して、トウ王太子が問い掛けてくる。
「いえ、トウに見惚れていただけ」
 笑顔でそう答えてやると、トウ王太子は一瞬驚き、そうして満面の笑顔を浮かべた。

「すぐに会いに来る」
 そう言い残して、トウ王太子はラストア王国を後にした。



 その夜――。

「やっと眠れる……」
 そう呟いて、フリードリヒは寝台の上に長い手足を伸ばした。
 瞳を伏せると、トウ王太子の姿が浮かぶ。
 どうやらかなり心を奪われてしまったらしい。

「半年後か……」
 小さな声でそう呟いて、フリードリヒは襲い来る睡魔に身を任せた。


『フリードリヒ』
 誰かがそう名前を呼ぶ。
『トウ、王太子殿下……?』

『呼び捨てよ、とそう言ったはずだ』
 高圧的なこの物言い、――間違いない。

『……んッ、』
 いきなり口付けられる。
 芯まで蕩けそうなこの感覚、――間違いなかった。

『何故……?』
『すぐに会いに来ると言っておいただろう?』

 もう半年、経ったっけ?? それとも、あれ? 何かの魔法とか?

 訳が判らず大きなその瞳をぱちぱちさせていると、トウ王太子は嬉しそうな笑みを浮かべた。

『そなた夢見だろう?』
 はあ、そんな血筋とか言われていますが……。

『私も夢見だ。いつでも会える』
 ……何ですと?

 質問したいことはまだ山ほどあったが、再び口付けられ肌に触れられると、全ての思考が完全にショートした。あっという間に快楽の波が押し寄せてくる。
 夢の中だからか、それとも何か別の理由でもあるのだろうか、感度が数倍増しになっているような気がする。

『今宵は、堪能させてもらうぞ』
 意識が遠のいていく中、そう囁くトウ王太子の声が聞こえたような気がした。


 いつでも会える――?

 困った顔を浮かべて見せても、同時に心の何処かで微笑んでいる自分が確かに存在した。


   ……Fin.




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 後記 


 『声に出来なかった想い』で人気が出たフリードリヒ殿下のお話です(^^)
 能天気な彼のお陰(?)で、かなり愉快なお話に……。本当にいいのかそれで、フリードリヒ! といった感じですが。これでも大事なことはちゃんと判っているフリードリヒなので、ま、いいのでしょう。
 がしかーし、この2人。実はこれからすんなりとは結ばれない人生を送ります。ま、王子さま同士ですから問題点も山積みですが。
 鋭い方は気付かれているかも知れませんが、このお話の高瀬の世界における時代設定としては、『精霊石シリーズ』の『邪神降臨編』1、2年前あたり。つまり近々ラストア王国は陥落するわけですねー。トウ王太子は、ほとんど会えない状況が続く中、ガリル王国にてラストア王国陥落の知らせを聞くわけです。フリードリヒの安否も判らない。ま、その後無事が確認されますが、国王(フリードリヒの父)と皇太子(おなじく兄)を失ったラストア王国は次期国王としてフリードリヒを選ぶわけでして。フリードリヒは嫁には行けない身になってしまいます。さてさて。
 一方、『魔法学校シリーズ』との関係としては、このお話はリュイたちが卒業する少し前あたりになります。つまり、リュイが卒業して王宮に入った頃、フリードリヒと遠距離恋愛をしながらいろいろと画策中のトウ王太子がいるわけです。
 という感じで深読みして楽しんでみて下さいvv
 最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました!!

     高瀬 鈴 拝