Ring's Fantasia

ほんの少し羽根を休めて、現実(いま)ではない何処かに旅してみたいと想いませんか?



 傷跡 


「……フォード」
 男は片目しかないその瞳を丸くして、開かれた扉の向こうから現れた青年の名を呼んだ。
 驚きの表情を隠せずに――。

 それもそのはず、男がいるその場所は常人には決して立ち入れない場所、盗賊(シーフ)ギルドの中だ。それもリルベ地方最大を誇るシーランスの地下組織――。
 更に付け加えるなら、男がいるその部屋はギルドの最奥、すなわちギルド長(ギルドマスター)の部屋であり、フォードによって開かれた扉はその部屋にいくつか存在する隠し扉の1つであった。

「よぅ、ザイン。久しぶり」
 悪びれる様子もなくそう答えて、フォードが昔と変わらない人懐っこい笑顔を浮かべる。
 隔たった年月を全く感じさせないその様子に、ザインは1つ溜め息を落とした。

「……何しに来た?」
「ん? 隠し通路が昔のままってぇのは、まずいんじゃねぇ?」
 ザインの質問には答えず、栗色の髪に付いた蜘蛛の巣や埃を払いながら、フォードは部屋を見渡した。そうしてやっとザインに戻し、薄茶色の瞳にザインの姿を映して笑みを浮かべる。
「……ま、誰も使ってねぇみたいだけど」
「当たり前だ。この通路を知っているのは、俺とてめぇだけだ」
「……あっそ」
 ザインの他にはフォードしか知らない通路。それをそのままにしていたザインの真意には気づかない振りをしてフォードは短くそう答えた。そのまま大きく1つ伸びをする。
「で、何しに来た?」
「んー、此処にならあると思って、な」
「……ラストアと、カルハドールの情報、か?」
 ザインの答えに一瞬目を開き、だがすぐにまた笑顔に戻ってフォードは部屋の奥へと歩を進めた。そのまま寝台の端に腰を下ろす。
「……生憎、その情報に見合うだけの報酬は持ち合わせてねぇんだけど」
「率直だな」
「まあね」
 そう答え、フォードは自ら胸元の釦を外して笑みを浮かべた。
「見合うかどうかは判らねぇけど。この身体、お前にやることにした。何にでもなってやるぜ? 娼婦でも、……暗殺人形でもな」
「……馬鹿言え」
 投げ捨てるようにそう言って、ザインはフォードの身体を寝布の上に沈めた。そのままフォードの栗色の髪に指を絡ませて、自分の方を向かせる。笑顔を浮かべたままのフォードの瞳がザインの片方の目を見つめ、そうして傷を負ったもう片方の目を見て表情を変えないまま静かに閉ざされた。
「――抱いてやる」
 フォードの様子に何かを決意したかのように、ザインはフォードの衣服を肌蹴た。引き締まった細い身体がザインの隻眼に映し出される。遠い記憶を振り払うように小さく1つ舌打ちした後、ザインはその首筋をきつく吸い上げた。まるで何かの刻印かのように白い肌に赤い痣を刻んでいく。
「拒まねぇのか……」
「別に困んねぇよ、跡つけられても」
 ザインの言わんとすることを的確に汲み取り、笑顔のままフォードはそう答えた。
「抱いてくれる奴はいねぇのか?」
「さぁ? いるんじゃねぇ?」
 とぼけてみせるものの、フォードの身体はまるで生娘のようにザインの愛撫に反応する。その身体を反転させ、ザインは受け入れさせる場所へと指を伸ばした。ほんの一瞬だけ身体を強張らせ、フォードは息を吐いて香油とともに滑り込んでくるその指を受け入れた。
「案外、慣れてねぇようだが?」
「……そう、演出して、やってん、だ……、ッ、」
 うつ伏せたままの姿勢でザインの指を受け入れ、フォードは息を詰めた。奥まで入り込んだ指が探るようにフォードの中を犯していく。その動きに攫われまいと、フォードは小さく何度か首を振った。
「構わねぇから、早く、しやがれ……」
 苦しい息の下、そう催促する。
「せかすなよ。報酬分は払ってもらわねぇとな」
 そう答え、ザインはゆっくりとフォードの中を探った。声を殺し、フォードは寝布をきつく握り締めた。引き摺り出されていく感覚にフォードの肩が小さく震える。
「……思い出せよ」
 身体を曲げ、フォードの耳元でそう告げると、ザインはフォードの腰を引き寄せた。指を抜くと同時に自分自身をフォードの中に沈める。
「――……はぁ……っ、」
 何とか息を吐きながら、フォードはザインを受け入れた。
 言葉はなかった。
 荒い呼吸と繋がる音だけが、フォードの耳に届けられた。

 あの時も、そうだった――。

 償いをせずにはいられなくて、無理矢理身体を繋げさせたのは、フォードの方からだった。
 あの日、フォードは初めてザインに抱かれた。

『……俺に出来ることなら、何でもする……』
 身体の奥にザインを感じながら、フォードはそう言葉にした。
 そして、
『なら、ここから出て行け』
 フォードを抱いた後、ザインはそう告げた。
 その背中から伝わるザインの本音に、もうずっと前からフォードは気付いていた。
 だから、ギルドを後にした。

「……思い出したか?」
 ザインの片目が、フォードの瞳を覗き込む。
「てめぇにこの世界は似合わねぇよ。どんなに腕が立っても、な。」
 フォードの栗色の髪にそっと触れ、そうしてザインはフォードから離れた。
 その背中を、いつもの人懐っこい笑顔とは少し異なる、フォードの表情が見つめる。
 そうして、
「忘れたことねぇよ……」
とだけ小さく呟いて、フォードはまたいつもの笑顔を浮かべた。
                                ……Fin.




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